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柚子side

「柚子くん、拗ねたの?」  窓を見つめている俺に、ん? と、彼が俺の顔をのぞき込む。  そうして唇を塞がれ、いつもと変わらない、俺のことを大好きだとそう言ってくれる津森さんのままで、彼は俺を抱きしめた。  ……これも全て嘘だったの? 「別に」  唇が離れた後、そう一言だけ呟いて顔を背けた。  目頭が熱くなる。涙が溢れないように目を見開いた。 「大丈夫だよ。結婚しても君との関係は続けるつもりだからね」 「津森さん、何言ってるんですか」  馬鹿じゃあないの、と喉まででかかったその言葉を無理矢理飲み込んだ。  でも、こうなることを考えていなかった俺も馬鹿だ。  彼が言っていることは、俺との関係だけでなく、奥さんとの関係もその程度だということ。  たまらなく腹が立つよ。結婚に対して彼がもっと真剣なら、仕方がないって思うものを、そんな簡単な気持ちでできるほどの結婚を選ぶ意味が分からない。  それでいて俺との関係も続けるだなんて。  津森さんは一体、どういうつもりで愛の言葉を囁いてきたのか。  貴方にとって誰かを好きになるとは何なんですか。何が大丈夫なのか。俺を何だと思っているのか。  彼の言葉に、自分の服を思いっきり握りしめた。 「柚子くん、好きだよ。しばらく会えないから、今のうちいっぱいやっとこうね」  それでも俺は、この人といるとき幸せを感じていた。優しく触れてもらえることを、嬉しいと思っていた。  確かにそこに愛情があるように思えていたんだ。  腕を引っ張り自分のほうを向くように誘う彼に、俺は思いっきり抱きついた。耳元でくすりと笑う彼の声がする。いつも通りの優しい笑顔で笑っているのだろう。  「……っ、」  口を開けば信じられないくらいの汚い言葉が溢れてきそうだったから、それはぐっと飲み込んで、口をきつく閉じた。  彼のためというよりも自分の心を守るために。そうできる強さが自分にあったことが、このような状況の中で、自分にとっての唯一の救いに思えた。  彼にぶつけたかったいくつもの言葉を、ぐわりと揺れているその頭の中で心がちぎれそうになりながらも繰り返すことで、涙をこぼすまいと堪えていたけれど、もう限界。鼻の奥がツンとする。   「……結婚式、行こうか?」  震える声で精一杯の冗談を言ってみた。彼の前での初めての強がり。そうして無理やり口角を上げ、少し笑って見せながら、視界を滲ませる涙をさり気なく拭った。  こんな冗談が言えるくらい、俺だって気にしてないのだと、彼にそう思って欲しかった。  みっともなかったとしても、そうでもしなければ、自分があまりにも惨めに思えてくるから。 「え?」  けれど、青ざめるように驚いた彼の顔に、また胸が痛んだ。簡単な気持ちでやるくらいの結婚が、俺とは比にならないほどに大切だと、そう言われた気がした。 「そんなに、びっくりした顔しないでよ。冗談に、決まってるじゃん……」  もう……と、困った顔をした彼の背中に強く指を食い込ませた。小さな抵抗。シャツの下の、彼の肌の温もりを感じる。  でも、服越しだから、いいでしょう? たいした傷は残らない。俺はあなたに何も残せない。 「良かったね」    息を吐くみたいに、言葉を漏らした。 「結婚?」 「うん……、おめでとう」  良かったね。物分かりの良い子で。泣き叫ぶこともなく、現実を受け入れられる子で。  俺はね、これまでもそうして生きてきたから。自分が幸せになれないことくらい、痛いほどに分かっているから。  そうしてまた、ひとりになるんだ。      

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