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柚子side2

「……ふ、」  上唇を、それから下唇を、彼ので優しく挟まれる。最後にちゅっとリップ音がして、橘くんの唇が離れていった。  もっとされても良かったのに、とそんな勝手な想いを抱いてしまうほど、彼とのキスには心地良さがあった。  されるがままで、けして受け入れたというようなキスではなかったけれど、もし俺が彼を心から受け入れた時には、どうなってしまうのだろうか。  少しぼーっとしたままで彼を見つめていると、橘くんは俺とは反対に、余裕がある様子でいたずらな顔で笑い返された。  けれど、耳が赤くなっているのを見て、彼なりにやはり緊張していたのかと、それも愛おしく思ってしまう。 「柚子さんが、菜穂たちに“きーちゃん”って呼ばせた罰だとでも思ってよ。ね?」 「……罰だなんて」 「そうでも言わないと、俺恥ずかしいじゃん。自分でもびっくりしてる。本当に勝手でごめん。ずっとごめんばかり言ってるね、俺」 「それは別に……」 「柚子さんはどう思ったか分からないけれど、でも、俺は嬉しかった。これもすごい勝手な感想だけどさ。余裕あるように見せたいのにね。ダメだわ、余裕なさすぎる」  橘くんは指先を俺の髪に絡めながら、俺の頭を撫でた。それからわしゃわしゃと髪を乱すと、立ち上がって台所へと行ってしまった。  残された俺は、同じように台所へと行ける気力もなく、台所に立つ彼を後ろから眺め、いまだうるさい心臓を何度も叩いた。  キスの感触や彼の体温が、はっきりと残っている。  覚えてしまったら、もう忘れられない。何度も重ねられた唇の心地良さ、離れていく時の切なさ、視線が絡み合うといっぱいいっぱいになるけれど、でも、安心感もあった。   「……っ、」  彼への“好き”が、溢れ出して止まらない。温かな感情が全身を巡り、髪の毛の先までじわじわと広がっていくよう。  キスって、こんなに愛おしいものだったんだ。  まだ温もりの残る唇に触れると、自然と涙が溢れた。  それと同時に、もうこの気持ちから逃げられないと思い知る。  それでも立ち止まったままなのか、それともそれとも一歩進んでみるのか。 「ゆーずさん」 「……あ、ごめん」  白い天井を見上げ、ぼんやりと考え事を始めてからどれくらいの時間が経ったのだろう。  お待たせしましたと、彼がお皿に盛り付けたカレーを運んできてくれた。野菜が大きめに切られており、ごろごろとしたボリュームがさらにおいしそうだと食欲をそそる。  カレーを煮込んでいる間もこちらに来ないことを不思議がっていると、どうやらポテトサラダとマリネまで作ってくれていた。  並べられた料理を前にして思わず「うわあ!」と大きな声を漏らしてしまうと、その反応を見て橘くんは満足そうに笑った。  何度もありがとうと伝えると、橘くんは「おいしいか分からないから、あんまりありがとう言わないで」と、困った顔をする。 「柚子さん、どう?」 「おいしい! すっごく!」 「なら良かった。辛さは大丈夫かな? 卵落としてチーズかけてもおいしいけど、それする?」 「ううん、このままが良い。めちゃくちゃおいしいよ」 「そっか、じゃあそれはまた今度ね」  橘くんは、まるであのキスはなかったかのような様子で俺に話しかけると、それからテレビのチャンネルをかえた。  同じようにドキドキしていたはずなのに、まだ内側に熱を抱えているのは俺だけだったのだろうかと、少し複雑な気持ちもあったけれど、でも気まずくなるよりかはこの反応がありがたい。  そんなことを考えながらご飯を食べ続け、程よく距離をとったままテレビを見て過ごした。  きれいに完食してからは、橘くんを無理やり座らせ、せめて洗い物だけでもさせてほしいと俺が片付けをした。  使っているスポンジの色と洗剤が同じ、みたいな、こんな些細なことですら嬉しさを感じながら、丁寧に食器を洗う。  洗い始めた直後に彼がやって来て、後ろから俺の肩に顎を乗せ、「俺がやるよ」と言ってくれたけれど、何度もこれくらいやらせてほしいと伝えると、笑いながら部屋に戻って行った。    

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