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恋人を自慢したい①

 見知らぬ女子高生に闘争心を燃やす兎丸慧の話。 *ーーーーー* 「年上の彼氏っていいよね」  学校が休みの土曜日。午前中に仕事があるリカちゃんと待ち合わせをしていた俺は、そんな言葉が聞こえてきた方に意識を向けた。  そこには3人組の女の子がポップコーンを手に、話に花を咲かせていた。  俺と変わらないぐらいの年齢……推測するに、きっと近隣の女子高生だろう。  楽しそうに会話をし、騒ぎながらも食べる様子に、食うか喋るかどっちかにしろよと思ってしまうのは、俺が女の子が苦手だからかもしれない。  そんな彼女たちの話題は聞こえた通り『年上の恋人』について。自分にも年上の恋人がいるからか、自然と耳がそちらに傾いてしまう。 「わかるー!!大人だし、お金持ってるし」 「そうそう!余裕があるっていうか、なんか頼れるよね!」  聞こえてくる台詞に、スマホで隠した顔をうんうん、と頷かせる。その頭の中に浮かぶのは、今頃こちらに向かっているであろうリカちゃんの姿。  リカちゃんに関しては、余裕があるどころか有り余りすぎて、いつも遊ばれてしまうけれど。その意地悪なところも嫌いじゃないというか、好き……な部分だから納得できた。  雨の日に「濡れるだろ。車乗れよ」と言われるとキュンとくるし、何も言ってないのに、すぐにこちらの変化に気づいてくれるのもたまらない。  他の誰かと付き合った経験がないから比べようもないけれど、獅子原理佳という恋人はどう考えても理想の恋人だと思う。  口には決して出さない、自分だけの秘密。それに少し照れながら、手持ち無沙汰にスマホを弄っている時だった。 「年上だとエッチも上手いもんね!」  なんとも、昼間には似つかわしくない発言が飛び込んできた。 「うん!同い年だと物足りない!」 「ちょっとSで攻められたーい!!」  思わず操作していたゲームの画面を落とし、口元を隠す。自分と同世代の、ましてや女子がそんなこと言っていいのか、なぜか俺が周りを確認してしまった。  どうやら彼女たちの傍に人はおらず、誰も気に留めていないらしい。またもや無駄に俺が安心し、少しだけ彼女たちと離れる。  けれども、好奇心旺盛な耳はその性能をMAXに高め、聞き耳を立てる。 「ちょっと強引にされると、ぞくぞくする」  これも納得だ。こちらが強がりで言った「嫌」を撥ね退けてしまう強引さは、実は結構嬉しい。  簡単に引き下がられると実は物足りない……なんて言えない。だから嫌がるふりをするのだけれど、リカちゃんはそれを聞き入れない。わざとなのか、それとも性格なのかは今のところ判断はついていなかったりする。 「わかってるくせに、わざとらしく聞いてくるとか堪らないよね!」  ああ、それも納得だと小さく頷く。 「ここ、好き?」って知ってるのに、わざわざ聞いてきやがる。もちろん俺は好きじゃないって答えるけれど、嘘だとバレているから無視される。    自分の思考が女子高生と同じだなんて情けない。それでも、恋愛をすると男も女も関係ないのだと思うと、心が軽くなった気がした。  なんだか、同性だからって罪悪感を感じなくて良いと言われている気分だった。  見た目には騒がしい女の子3人組。けれど話している内容は俺でも共感できて、無意識に仲間意識が湧く。もし俺があの場に居たら、きっと次はこう言うだろう。  強引で意地悪でも、最後は――……。 「でも最後は優しいの!!」  俺が言おうとした台詞が、今日1番大きな声で誰かの口から出た。もしかしたら自分が言ってしまったのか、と焦る俺の傍で、彼女たちは「わかる、わかる」と一層騒ぎ始める。  正直、そこに混ざりたいとは思わない。でも羨ましいとは思う。  俺だってリカちゃんの自慢をしたい。名前も性別も、職業ですら言えない恋人だけれど、どんな風に2人で過ごしているか誰かに言いたい。  こんなこと、今までなかった。  自分の話をするのすら嫌いな俺が、自分の好きな相手のことを誰かに言いたいだなんて、そんな未来を想像できたわけがない。  でも今は、誰に見せても恥ずかしくない恋人がいる。  頭の中身に多少の問題はあるけれど、黙っていれば最上級の恋人がいる。  気づけばスマホを握りしめ、悶える俺を3人が不思議そうに見ていた。完全に不審者扱いされている自分に気づき、場所を移動するべきかと辺りを見回す。  すると突然、彼女たちが不思議そうな目から媚びるような表情に変わった。これは何度も経験し、目にしてきた光景。    あいつが現れた瞬間、こうなることを俺は知っている。

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