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いけ好かない同僚の話②

「獅子原先生がいるだけでお酒が進んじゃう!」 「またまた。僕なんか見ても何も出ませんよ」  目の前の席で交わされる会話に、上手い筈の酒が味を失ってしまう。飲み会の始まりから全く動いていない獅子原の左右の席は、もはや何交代目だろうか。トイレに立とうものならば、すかさず誰かがすぐさま座り込む獅子原の隣。  おい、そこはプレミアシートなのか?見てくれ、俺の隣なんて古典の爺さんが半分寝ていて、反対隣では熱血教師が泣いているんだぞ。泣きたいのは俺の方だと叫びたいぐらいだ。  しかし悲しいことに、俺がどれだけ叫ぼうが泣こうが、目の前の男には敵わない。  お前ならホストだろうがモデルだろうが、それこそ金持ちババアのヒモだろうが出来ただろう整った顔。長く細い指、落ち着いた声に身じろぐ度に漂ってくる品の良い香り。  見た目だけでわかる、人生の勝ち組だ。ひと昔前に流行した三高『高身長、高学歴、高収入』の男だ。  それを、なぜ!あえて地味な仕事である教師になった?お前なら手堅さを求める必要はないだろうに!  しかも男子校の。しかもしかも、俺が1番に苦手な英語の担当教諭に!  俺の最も嫌いな人種。その中でもトップレベルの男が、俺の最も嫌いな教科を担当している。そして何の因果か年が近く席も近く、同期で、誕生日も1日違いときた。  これだけ揃っていて僻むなと言われたならば、お前は僧侶か牧師かと問いたいぐらいだ。  そんな獅子原の視線が俺に向き、空になった手元のグラスに気づく。長い睫毛に彩られた黒い瞳が2度、瞬いた。 「猿渡先生、どうぞ」  差し出されたのはただのビール瓶なのに、やけに絵になるその様。俺の中の『こいつ、マジでいけ好かない度』がぐんぐんと急上昇していく。しかしながら獅子原は微笑みを携えたまま、俺に話しかけてくるではないか。 「そういえば、猿渡先生と誕生日が近かったですね」 「あ、あぁ……多分、そうだと……思う」 「おめでとうございます。お互い、いい歳になっちゃいましたね」  あぁ、いけ好かない。いけ好かない。何がってその顔、その言葉、その仕草、その存在が。  そして話しかけられるだけで緊張し、まともに返事ができない自分が情けない。内心ではボロクソに言っているくせに、俺の口から出てくるのは小さな声の同意ばかりだ。  本当はもっと違うことが言いたいのに。調子に乗るなよ、と先輩風を吹かせてやりたいのに、獅子原と目を合わすことすら叶わない自分が惨めになる。 「まぁ俺はもう結婚も済ましたしな。そういう獅子原はどうなんだ?」  その上、俺の口は獅子原のプライベートを聞き出そうとする。  嫌っているくせになぜかって?  その答えは、周りにいる女性陣の視線が怖いぐらいに言ってるからだ。  お前やれよ!!!的な鋭い視線が、秘密主義で個人的な話を避ける獅子原から何か聞き出せと脅してくるからだ。  人気がありすぎるが故か、自分の話をしない獅子原に、俺は興味のない話題を振る。最近はどうなんだ、と、知りたくもないことを訊ねる。すると目の前の男は持っていた瓶を置き、丁寧に畳まれていた自身のおしぼりで手の水滴を拭ってから首を傾げた。 「僕は……モテないですからね。プライベートが充実している猿渡先生が羨ましいです」 「ははっ、よく言うよ。獅子原なら選び放題だろ?うちの学校で、お前のこと気にしていない人間なんていないって」 「いや、本当に全然で。家と学校の往復ばかりで、期待に応えられる話題がなくてすみません」  困ったように、けれどこちらの真意に気づいて笑った獅子原が目を伏せる。長い睫毛が影を作り、それが微かに揺れた。  そう言えば赴任して4年が経つが、今まで獅子原の浮ついた噂なんて1度も聞いたことがない。誰かに狙われているとは何度も耳にしても、誰か特定の相手を狙っていると聞いたこともない。  たった1度だけ。  1度だけ、獅子原が仕事以外で女と接してるのを見たことがある。  そう、あれは俺の結婚式の二次会でのことだった。

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