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第3話 憑かれたヤクザ

 サングラスの美形ヤクザは、真行寺(しんぎょうじ) 椿と名乗った。  年齢は二十七歳で、僕より十歳も年上だ。 「自分、こういうモンです」と差し出された名刺には、流麗なフォントで『鳳雅会(ほうがかい) 七扇(ななおうぎ)組二次団体 真行寺組若頭 真行寺 椿』と書いてあって…………ええと、やっぱりヤクザってことであってるかな……。 「……こないだトラクターと正面衝突してな……なんでか俺だけムチウチなって愛車は廃車やのに、相手のじーさんは無傷やねん。……なんでや、なんで高速道路にトラクターが走っとんねんおかしいやろ…………まぁええ。そんでこないだはな、ムチウチつらいけどなんとなく外の空気吸いたなって、コンビニ行ってん……。ほんだらな、背後からジジィが乗った自転車に轢かれてな……あれごっつ痛かったわ。ごっつ痛かってん……顔面からドーーンこけてな……鼻血でるわ恥ずかしいわでついついジジィに食ってかかったんやけど、そのじーさんボケてはって脅しなんてきかへんしさ……」 「は、はぁ……大変でしたね……」 「せやろ、せやろ!? 大変やってん俺……!! ……ほんでそのじーさんの財布見てみたら連絡先書いてあったし、家族脅して治療費ぶんどったろと思ってんけどさ……電話かけたらジジィ確保したこともうめっっっっっちゃ感謝されてしもてな……もう、『どういたしまして』としか言えへんかったわ……」 「はぁ……いいことしましたね……」  一応、話を聞くために拝殿の中に入ってもらった。すると椿さんは堰を切ったように、ここ最近の不運を語り出した。  イケメンなのに目がどんより濁っているのは、度重なる不運と併せて、毎晩のように金縛りに遭っているらしい。そのおかげで、ここ一ヶ月ほとんどまともに眠れていないせいだという。  ひどい日は耳元で『あ゛〜〜〜ゥア゛〜〜〜ん』などと謎の呻き声を聞かされる始末で、もはや怖すぎて我慢の限界だと、椿さんは頭を抱えた。  金縛りだけならまだいいのだが、一人でいる時に勝手に物が落ちるとか、自宅のそこここからラップ音が響くという、地味な恐怖体験も重なっているらしく、椿さんは日々、ビクビクしながら生活しているのだという……。  しかも、これしきの怪奇現象にビビっている姿を下々のチンピラたちに見せるわけには行かないため、ずっと一人で怖いのを我慢していたらしいのだ。  じゃあ何故、舎弟を引き連れてここへ来れたのかと聞くと、この間はとうとう組事務所が火事になったという。  タバコの不始末か放火(職業柄、なんだか恨まれてそうだから……)なのかは分からないが、組全体に厄災が降りかかっていると思い込んだ椿さんは、『組を代表してお祓いを受けてくる』と組長に進言し、わざわざ大阪から関東の片田舎くんだりまで、車を飛ばしてきたのだとか。  今の自分を『厄災を招く男』だと思い込んでいる椿さんからしてみれば、その火事は間違いなく自分が引き起こした不幸の一つ。ひどく責任を感じているらしい。 「それであの……どうして僕が視えるって、知ってるんですか?」 「ああ……それな。あんたのオヤジさん、サイト持ってはるやろ」 「……はい? サイト?」 「心霊現象で困ってる人の相談に乗るっていうサイト、作ったはんねんで。知らんの?」 「…………知りません」  べったんこの座布団の上であぐらをかいている椿さんが、スッと内ポケットからスマートフォンを出した。  よくよく見ると、黒いボディにべたべたと摩訶不思議な模様の描かれたシールが貼ってある。ダサいことこの上ないが、きっと、健気に厄払い対策してたんだろうな……。 「俺、めっちゃ相談乗ってもろててんけど、事態は悪化する一方やった。ほんで、直に会ってお祓いしてくれって拝み倒してたんやけど、こないだからぷっつり返信が来ーへんくなったやん? インチキ野郎がトンズラこきよったんやと思って下のモンに探させたら、入院してはるとかいうやんか。びっくりしたで俺。俺のせいでまた、誰かが不幸になったんかと……」 「はぁ……」  ところどころ不穏なワードは聞こえてきたが、まぁそこは置いておくとして……。僕は一つ咳払いをして、先を促す。 「そんで、直接病院に会いに行ったんやけど」 「ええっ!? 直接!?」 「おう。オヤジさんめっちゃびびったはったけど、まぁ話は聞いてもらえて。『僕より息子の方が頼りになると思います。あいつは本当に視える子だから、僕よりよほどお力になれると思います』って言わはったんや。で、ここに来たっちゅーわけや」 「……なるほど」  ――要するに、父さんは息子を売ったわけだな!! ていうか、一言連絡しておいてくれてもいいものを!!  めらめらと父親への怒りが湧き上がるのを感じつつ、僕は深呼吸をして己をなだめた。 「……で、それ、いつのことですか?」 「今朝。さっきや」 「さ、さっき?」 「おう、昨日の夜中に大阪出て、朝の六時にはこっち着いたからな」 「朝六時……」  なるほど、僕に連絡できなかったのは時間がなかったせいか。  過労でぶったおれて身体の自由が効かない時にヤクザが大挙して押し寄せてきたら——ただでさえ弱っている父さんが震え上がっている様子がありありと想像できる。そして、病院スタッフの皆さんへの申し訳なさよ……。 「で、どうやねん。俺にはなんか、悪いモンが憑いてんのか?」  状況説明が済むやいなや、椿さんはぐいっと身を乗り出して僕に迫ってきた。  生まれてこのかたお目にかかったことがないくらいのキラキラしたイケメン顔が数センチの距離に迫ってきて、僕は驚くやらドキドキするやら怖いやらで大混乱である。思わずぐいーっと腕を突っ張り、椿さんの顔面を遠くへ押しやった。 「ちょ、ちょっと離れてください!! み、見えないから!!」 「おう、すまんすまん。で、どうなんや」 「ちょっと待ってくださいね……」  改まった様子で正座をした椿さんの顔を、僕はじっと見つめてみた。  見れば見るほど、かっこいい顔だ。軽く後ろに流した黒髪はツヤツヤしていてきれいだし、長い睫毛がなんだかすごく色っぽい。目の下のクマとか若干カサついた肌にはかわいそうなくらい疲れが見えるけど……すごいなぁ、こんなに整った顔をした人間、芸能界以外でも本当にいるんだ。ヤクザだけど。 「おい、どうやねん」 「あっ……はい、待ってください」  いかんいかん、ついつい顔に見惚れてしまっていた。  そうじゃなくて、この人に憑いているものは……。  椿さんの身体から焦点をずらし、彼を取り巻く空気を眺めるように気配を読む。  すると、ぼう、ぼう……といくつもの黒い影が、浮かび上がって見えてきた。半透明でもやもやとした靄の中に、悲壮な顔がいくつも、視えてくる。 「ああー……憑いてますね」 「や……やっぱりか……!!」 「しかも一体じゃありません。一、二、三、四、五、六……」 「は!? どんだけついとんねん!!」 「これは、自然に憑いたものとは思えませんね。何か、きっかけとか思い当たりませんか?」 「きっかけ……」  僕の質問に、椿さんは腕組みをして天井を見上げた。  そして約一分後、はっとしたように目を見開き眉根を寄せて、険しい表情を浮かべつつこっちを見る。……怖い。 「一ヶ月前の抗争んとき……」 「抗争」 「俺らの組はな、もう十年近く地下カジノの仕切りをしてんねや。そこから出るアガリを独占しとる俺らのことを、よう思ってへんやつらがわんさかおる」 「アガリ……って、ええと、お金、ですか?」 「そうや。……ここ最近、やたら目立った動きする奴らがおってな、そろそろいっぺん上下関係分からせとかなあかんやろってことで、カチコミかましたってんけど」 「カチコミ」 「そん時、道路の隅っこにあった墓石みたいなモン……俺、壊したかも」 「……それですよ、きっと」  僕がそう言い切ると、椿さんはガックリと項垂れて頭を抱えた。すると背後で、黒い悪霊たちが『ゥワ゛〜〜〜〜』と重苦しい音を響かせ始め、バシッ!! パシン!! と拝殿のそこここでラップ音が響き始めた。すると椿さんは青くなって小さくなり、「ヒィィ!! な、何や!! 何が起こってんねや!! ウワァァ!!」と喚きながら震えている。……なるほど、これは舎弟の皆さんには見せられないだろうな……。 「その石碑をちゃんと直してお供え物をして、きちんと謝ればいいと思います」 「……そっ……そ、それでいいんか? でも、今、現在進行形で俺になんや憑いてるんやろ? これ、なんとか取ってくれへんか」 「うーん……でも僕、実際のお祓いはまだしたことがなくて……」 「そんな冷たいこと言わんと!! 頼む!! 金ならいくらでも払う!! 試すだけでもやったってくれ!!」 「で、でも」 「頼む!! この通りや!! 俺、ほんっっっまに困ってんねん!! まじで毎日怖いねん!! けど、幽霊にビビってるとか知られたら、若頭としてのメンツ丸つぶれやろがい!!」 「は、はぁ……そうですね……」 「寝たいねん!! ぐっすり朝まで寝たいねん!! だから、よろしくお願いします!!!」 「……うう」  五体投地する勢いで土下座をする椿さんを、さすがに放ってはおけない気がしてきた。それに、今この頼みを断ってしまえば、あとでどんな恐ろしい報復が待ち受けているか分からない。内臓を売られるだけでは済まないかも……。 「わ……分かりました。ちょっと、方法を考えてみますので……」 「ほ、ほんまか!!」 「た、ただその……学校行かなきゃいけないんで、夕方まで待ってもらってもいいですか?」 「あ゛ぁん!? 今お祓いしてくれへんのかいな!!?」 「ヒッ!! 午後からテストがあるんです!! 受けなきゃいけないし、お祓いにだって、準備ってもんが……!!」 「……そうか。まぁ、せやな。学生さんやもんな……」  かろうじて僕の主張は理解してもらえたらしい。僕の上に覆いかぶさる勢いでメンチを切っていた椿さんだが、すっと身を引いてため息をついた。 「分かった。適当に時間潰して待ってるわ」 「あ……ありがとうございます」 「けどな、逃げたら許さへんで。ええな」 「わ、分かってますよ。逃げるところなんてないし……。あ、あと、父は過労なので、病院に行くのはやめてください。看護師さんたちにも迷惑がかかりますから」 「……分かってるて。ところで君、名前は?」  椿さんは内ポケットからタバコを出し、口に咥えながらそう尋ねてきた。 「桐ヶ谷 (つむぎ)、っていいます……」 「つむぎ、な。覚えとく。学校まで送らせるわ」 「い、いえいえいえいえ!! やめてください大丈夫です!! すっごい近いんで!!」 「けど、この近く何もないやん」 「大丈夫ですから!! あと、神社は禁煙です!!」 「あ゛? 禁煙?」  ギロ……と睨みつけられ、僕はまた震え上がった。  が、椿さんは素直に口からタバコを離し、「しっかりしてんな、君」と言った。
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