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第5話 怯えるヤクザ

 恐る恐る正門から顔を覗かせると、スッと音もなく四人の黒スーツヤクザが現れて、僕の四方向を囲い込む。そしてそのまま、敢え無く黒塗りセダンへと連行されてしまった。  そしてすっとドアを開けたのは、あの坊主頭の血塗れ日本刀ヤクザ。今もまた切れ味抜群の鋭い目つきで僕を見下ろし、ドスの効いた低いお声で「どうぞ、若がお待ちです」と言った。  開かれたドアからジトォ……と漏れ出すのは、どす黒い隠の気配だ。恐る恐る覗き込んでみると、後部座席に浅く腰掛けた椿さんが、ゲンドウポーズを決め込んでいる……。何かあったなこりゃ。 「……早う乗れ」 「……あ、あの……大丈夫ですか?」 「ええから、はよ乗らんかい!! あのババァが追いかけてきたらどないすんねん!!!」 「ヒィィ!! の、乗ります!!」  ババァって誰だよ……と思いつつ、僕は大慌てで後部座席に乗り込んだ。すると、血濡れの日本刀男もスルリと運転席に乗り込み、滑らかに車が走り出す。 「ていうか、あの……なんで学校に来たんです? どうして僕の通う学校が分かったんですか……?」 と、リュックサックを後生大事に抱きかかえながらそう尋ねてみる。椿さんはあいも変わらず顔を伏せたまま、低い声でこう言った。 「……そんなん、制服から調べりゃあっちゅう間に分かんねん……。紬ん家から学校までめっちゃ遠いやろ。せやし迎えにきた方が早いやろ思てな……」 「……そ、それはまぁ、そうかもですけど」 「ええから、早うお祓いしてくれ……!! こんな生活、もう嫌や!! もう……ッ、耐えられへん……ッ!!」 「な……なんかあったんですか?」  見れば、顔を上げた椿さんの顔色は、朝よりもずっとひどい。とうてい肌色とは言えない顔色だ。もはや土気色といったほうがいいのではないかと思うほどの有様である。うつろに開いた目を縁取るまつ毛の長さが、余計に椿さんの表情を悲壮なものに見せていて、悲愴だ……。 「……お前がいいひん間、車でちょっとうつらうつらしててんけどさ……バンバンバン!! って、誰かが窓とか天井とかめっちゃ叩くねん……。てっきり岩瀬やと思ったらな……ま、ま、窓の外に、血まみれのババァがへばりついてて、俺のことめったくそ睨んでてん……!! 逃げても逃げても追いかけてくるし……!」 「はぁ……そんなことが」  いわゆる『ジェットババア』だなと思いつつ、僕はそっと、項垂れた椿さんの肩に手を添えようとした。だが、僕が触れる直前で、椿さんはビクゥッ!! と身体を強張らせ、僕を拒絶した。ごめんなさい。 「あぁああ、もう、怖いねん怖すぎるやろ……!! もうむりや……!! めっちゃ怖いもんこんなん! 何で俺がこんな目に遭わなあかんねんクッソォ……!!」  『それは祠を蹴倒したからです』とは言えず、僕は殊勝に頷きながら「怖かったですね……」と慰めた。すると椿さんは、重たげに視線を上げ、僕の顔をじっと見つめた。 「……バカにせぇへんのか、俺のこと」 「しませんよ。見える人の苦労っていうのは、僕もよく分かりますし」 「けど、お前は怖ないんやろ?」 「まぁ、慣れてますからね。大人になってから急に視え始めて、しかも取り憑かれちゃったら、すごく怖いと思うし」 「……ふうん」  椿さんは少し照れたような顔をしつつ、「ほなはよ帰ろ。とっととこいつら追っ払ってくれや」まるで駄々っ子のような口調でそう言うや否や、運転席でハンドルを握る血塗れの日本刀男に向かって、「オイ、岩瀬。紬んちまでぶっ飛ばせ」と声をかけた。 「はい、若」  岩瀬と呼ばれたその男は、体格が示す通りの超低音ボイスで返事をした。直後、ギュワ〜〜〜ン!! と一気に車が加速する。僕は重力に抗うことも叶わず、椿さんのほうへドサリともたれ掛かってしまった。  見た感じ、もっと細身な男性だと思っていたけれど、僕を受け止めた椿さんの胸板は意外にも硬く、たくましいものだった。頬を押し当てる格好になっているスーツからは、タバコの匂いとともに、どこか清々しくも甘い香りがする。その香りは、いかにも『大人の男』らしい品の良さで、何だか少しどきどきした。  すぐに突き放されるかと思ったが、椿さんは僕を庇うように肩に手を回してきた。仰天した僕は反射的に椿さんの胸を押し返し、そそくさと隣のシートに腰を落ち着ける。 「スッ……スピード出し過ぎじゃないですかね……」 「そうか? 普通やん。ああ、こいつな、若頭補佐やってる岩瀬いうねん。よろしゅうしたってや」 「はぁ……どうも」  僕がおずおずと返事をすると、ルームミラーごしに、岩瀬さんと目が合った。ずっと『血塗れの日本刀』をイメージしていた岩瀬さん、鋭い目つきはやはり凄まじいド迫力。だが物腰は柔らかく、「よろしくお願いいたします。紬さん」と礼儀正しい。意外と優しい人なのかも……。 「よ……よろしくお願い申し上げます……」 「岩瀬には色々と情けないとこも見せてしもてんねんけど、こいつは口が固いから信用しとる。なんやして欲しいことあんねやったら、紬も岩瀬に言うたらええ」 「はぁ……」  『幽霊よりもあなたたちの存在が怖いので、すぐさまここから立ち去って欲しいです』という本音は言えず、僕は曖昧に言葉を濁す。  自転車で一時間の距離も、岩瀬さんの運転だとあっという間だ。スピードの割に滑らかなハンドリングとブレーキ操作で乗り心地も悪くなかった。さすがと言うべきか、なんと言うべきか……。 「よっしゃ着いた。今すぐお祓いや! ほれ、行くで行くで!」  石段の下に着くなり、椿さんはグイグイ僕の腕を引いて神社の方へ行きたがる。あいも変わらず黒いスーツの背中には、ふよふよと悪霊たちが彷徨いながらくっついているため、椿さんは時折「うう、頭痛が……」と呻いてこめかみを押さえたりして……霊障がひどそうだ……。  ――これは本当に、早く祓ってあげないとやばいことになるなぁ……。  一応、父親からのメールには、除霊にオススメの祝詞がいくつがピックアップされていた。幼い頃から、祖母や母から子守唄のように祝詞の数々を聞かされて成長した僕にとってみれば、それらは全て耳に馴染んだものである。奏上すること自体はたやすいが、本当に除霊の効果が出るのかどうかは、果てしなく謎だ。  『霊力のあるものが祝詞を唱えることによって悪霊を浄化することは可能である』と、昔祖母ちゃんに聞いたことはある。でも、やり方などはきちんと教わっていないから、ぶっつけ本番で臨むしかない。もし、より恐ろしい事態に陥ってしまったら——と思うと不安にもなるが、やるしかない。 「ほな、どこ行ったらいい。賽銭箱のある部屋か? どこや?」 「いえあの、ちょっと待ってください。し、真行寺……さんにも、準備して欲しいことがあるんです」 「ええ、ええ。椿でええわ。ほんで? 俺の準備って?」 「母屋のお風呂をお貸ししますから、そこで(みそぎ)を済ませて欲しいんです」 「みそぎ?」 「全身を綺麗に清めておいてください。儀式が終わるまでは、タバコもダメです」  ヤクザを自宅に上げることには抵抗を禁じ得ないが、仕方がない。僕は先に家に上がると、下駄箱の脇に引っ掛けてあるくたびれたスリッパを差し出した。椿さんは物珍しげに僕の古い家を見回しながら、「邪魔するで」と行って中に入ってくる。  うちは古い日本家屋で、天井はそんなに高くない。身長185センチ程度の椿さんがそこにいると、なんだか家全体が小さく縮こまってしまったかのように感じる。父さんも僕と同じ170センチ足らずだし、母さんもばあちゃんも小さかったから、椿さんがものすごく巨大に見える。 「そういやお前、他に家族はいいひんのか? オカンとか、仕事か?」 「あ……いいえ。母は、二年前に亡くなりました。家族は父だけです」 「ああ、そうなんや。悪いこと聞いたな」 「いいえ」  そう言って、僕はにへら、と微妙な笑みを浮かべた。椿さんはきょろきょろしながら狭い廊下を歩き、鴨居をくぐって客間の中へ。 「ちょっと待っててください。ええと……浴衣とか、とってきますので」 「おい、ちょお待て」 「ヒッ! な、なんでしょう!?」  お茶を出すか浴衣が先かとあたふたしながら客間を出て行こうとした僕の肩を、椿さんがぐいと摑んだ。十五センチほど上からじっと僕を見下ろしながら、椿さんは低い声でこう言った。 「仏壇どこや」 「えっ……? ぶ、ぶつだんですか?」 「これから世話になるんや。お前のオカンにも挨拶しとかなあかんやろ」 「あ……は、はい……」  意外だ、ヤクザがそんなことを言うなんて、と思いつつも、正直ちょっと嬉しかった。ここにはもういない母さんの存在を、この人はちゃんと意識してくれている。  きちんと仏壇(うちは神社なので、正確には祖霊舎(それいしゃ)という)の前に正座して合掌し、椿さんはしばらくじっとしていた。心の中で何を唱えているのかは分からないけど、そうして椿さんが仏壇に向かっている間は、取り憑いている悪霊たちも妙におとなしい。なのできっと、真摯に拝んでくれているのだろう。 「……さみしいな、まだ二年か」 「えっ……?」 「二年ってことは、お前もう中学生とかやったやろ。寂しかったやろうな」  不意に、背中でそんなことを語る椿さんを相手に、どう返事をしていいか分からなかった。だが、女々しいところは見せたくないという僅かながらの男のプライドや、初対面の相手に弱音を吐くことへの抵抗が胸の中をぐるぐると行き交って、僕はとっさに「い、いえ! 別にもう、大丈夫……です」と嘘をついた。本当は、まだまだ立ち直りきれていないのに。  椿さんはすっと膝を立て、綺麗な所作で座布団から降りると、僕の顔をじっと見据えた。何か言われるかと思ったが、椿さんはそれ以上何も言わず、ふっと、小さくため息をつく。 「風呂借りるわ。どこ?」 「あっ、はい! こ、こちらになります!!」 「あのな、そんな固くならんでもええて。別に俺、借金の取り立てに来たわけやないねんで?」 「は、はい……分かってるんですけども」 「いっちょサッサと祓ったってや。頼りにしてんで」 「…………はい」  ニィ……と圧のある笑顔を見せ、椿さんは廊下の突き当たりにある風呂場へと歩いて行った。  うう……胃が痛い。
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