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第11話 ニャンと言うヤクザ

  「……はぁ」  一人でご飯を食べるのは寂しい。  ヤクザが大勢うちにやって来たあの日以来、ひと気のない家の静けさを、余計に濃く感じるようになった。  ヤクザの人たちは怖かったし、もちろん、出来れば関わらない方がいいタイプの人たちなんだってことは分かる。でも、あの嵐のような一日は、思いの外僕の心に存在感を刻み込んでいるみたいだ。 「美味しかったな、ヤクザの人が作ったご飯……」  ついつい、独り言が漏れてしまう。  いつもより寂しさを感じるのは、父さんの入院が伸びることになったせいもあるだろう。  入院中散歩をしていた時、階段から落ちそうになっていたおばあさんを助けて、代わりに自分が階段から転落してしまったのだ。階段といってもたった五段……されど五段。父さんは足首を骨折してしまった……。 「はぁ……」  もそ、と一口、自分で作った野菜炒めを食べる。 『いっぱい作ったんでタッパーに入れときやした』と、ヤクザの人たちが作り置きしてくれたおかずは全て平らげてしまったので、今日からまた自分メニューだ。  栄養を摂るという意味でなら、別にこういう質素なメニューだっていい。味付けは塩胡椒と、ちょっとの醤油。適当に炒めた豚こま肉の脂はほのかに甘くて、まあまあ美味しい。  でも、一人で食べるのは味気ない。テレビが点いてて、タレントさんたちが面白いことを言えば僕も笑ったりはするけれど、それもなんだか虚しくなる。父さんと二人の時だって、別にそう賑やかってわけじゃない。でもやっぱり、二人と一人じゃ全然違う。  それに、二年前までは、僕の向かいには母さんが座ってた。母さんはおしゃべりで、とにかく賑やかな人だった。めちゃくちゃ面白い話をしてたってわけじゃなかったけど、母さんの話に相槌を打ったり、僕の話を聞いてもらったり、そこに父さんがいて、黙って晩酌をしているだけ――ただそうして、みんなで食卓を囲んでいるだけのあの時間が、今となってはとても大切な時間だったんだと実感する。  そうか、やっぱり僕は寂しいのか、とふと気づく。  だからこそ、あの非日常的な一日のことがすごく眩しい。  僕の平凡な人生に訪れた大きな事件。一瞬のことだったけど、まるで、ドラマの主人公になったみたいだった。  悪霊に取り憑かれた椿さんがやって来て、お祓いしてくれと頼まれて。  ただ『視えるだけ』だった僕だけど、初めてお祓いに成功した……。僕にとってあの経験は、何にも代えがたい自信となった。  でも、今はまたいつも通りの生活だ。  学校へ行って、部活をして、父さんのお見舞いに行って、一人でご飯を食べて、ちょっと勉強をして、寝る。  単調だけど、これが当たり前だと思っていた。でも今は、なんとなく……物足りないような気がする。  ――椿さん、あの後なんともなかったかなぁ……。いきなり大阪に帰って行っちゃったし、連絡先も知らないから、確認のしようもないけど……。  椿さんのことを思うと、芋づる式に思い出してしまうのが、あの朝の出来事だ。 「一体なんだったんだろう……お礼って言ってたけどさ」  またしても独り言が漏れてしまう。もぐもぐ白米を咀嚼したあと味噌汁をすすり、僕はふうと一つ息を吐いた。味噌汁を濃くしすぎた。 「ヤクザの世界ではああいうのがお礼になるのかなぁ……。そりゃ……そりゃ……ちょっと気持ちよかったけどさ」  いや、ちょっとどころじゃない。すごく……すごく気持ちよかった。逃げようと思えば逃げられたと思うのに、僕にはそれができなかった。それくらい、優しく迫ってくる椿さんは、うっとりするほどに魅力的で……。  思い出したくもない己の痴態に、かぁぁぁと顔が熱くなる。ついでにあそこのほうまで熱くなりかけてしまった僕は、勢いよく頭を振って、「ごちそうさま」と合掌した。  ――ああああもう! 忘れよう忘れよう!! 住む世界が違うんだ、椿さんはまた来るとか言ってたけど、来るわけないよ! もう会うこともない!!  相手は大人で、しかもヤクザだ。住む世界が違い過ぎる。椿さんはああいうことに慣れてるから、朝起きてたまたま僕が隣にいた僕を、ちょっとからかっただけに決まってる。  あんなにかっこよくて、冗談でもお祓い料五百万とか言っちゃうお金持ちな人が、女性にモテないわけがない。うんそうだそうだ、僕のことはただの遊びだったんだ……。  そう思うとなんとなく腹が立って来て、僕はあえて食器をガチャガチャ言わせながら皿洗いをした。ここ最近ちょっと風邪気味で、いつもより水を冷たく感じる。鼻の奥がツンとして、僕は派手なくしゃみをした。ゾクゾク変な寒気が止まらない。 「うう……やっぱ熱あるのかなぁ。今日は部活休めば良かった……」  体温計を探そうとして、やめた。若干発熱はしているのだろうが、数字を見て不調を確信してしまえば、もっと寂しくなってしまいそうだったから……。  ――明日は金曜だし。明日一日頑張れば土日だし……。  ずずっと鼻を啜りながら、僕はふらふらと布団を敷く。そしてすぐに、眠りに落ちていくつもりだったのだが……。  バンバンバンバン!! と、玄関の引き戸を乱暴に叩く音がして、僕は思わず飛び上がった。 「なっ……なんだ!?」 「オイ!! 桐ヶ谷紬!! 出てこんかい!! オラァ!!」 「……ん? え? この声……」 「いてんねやろ!! 出てこいや桐ヶ谷紬ィ!!」  この声は、あの日椿さんを迎えに来たアイドル顔のイケメンヤクザだろうか。クラスメイトの女子たちが騒ぎそうな端正な顔なのに、眉間には深いシワが刻まれていて、なんだかすっごく不機嫌そうな人だった。 「な……なんであの人がここに?」  ――ひょっとして、椿さんに何かあったのかな。そういえば、抗争がどうのこうのって言ってたような気がするぞ……? ま、まさか、それで怪我とかしちゃって、それで代わりにあの人が訪ねて来たとか……!?  嫌な予感がして、僕は布団を蹴って立ち上がる。そして小走りに玄関へ向かうと、大急ぎで鍵を開け、ガララッ! と扉を開いた。  するとそこにはやはり、あの仏頂面のヤクザがいた。ええと、確か名前は宍戸さんといっただろうか。今まさに引き戸を叩こうと振り上げかけた手が、僕の顔面でピタリと止まる。 「どうしたんですか!? 椿さんに、何かあったんですか!?」  自分でも、ちょっとびっくりするくらい切羽詰まった声が出た。……あれ? 僕はそんなに椿さんの身の上を案じていたのだろうか……? と自分でも驚くほどに。  ――いや待て待て待て。違う違う。お祓いがちゃんとうまくいってたかどうかってことを気にしているのであって、ヤクザ的な事情で椿さんの身に何かあったとかそういうのを心配しているわけでなくて……。  と、脳内で思考の軌道修正をしている間、宍戸さんは僕のパジャマの胸ぐらをガッと掴んだ。思わず「ヒィッ!!」と悲鳴をあげると、宍戸さん一歩玄関の中へ踏み込んで、殺気のこもった目つきで僕を睨みつけてきた。 「オイ……うちのアニキに、何をしてくれてんねや」 「…………へっ!? ど、どういう意味ですか……!?」 「あ゛ぁん!? すっとぼけたこと言うたらあかんで!! お前がアニキになんや妙なことしくさってくれたおかげで、うちのアニキ……あの、超絶カッコよかったアニキが……あんな、あんな……ッ……」  くっ、と呻いて、宍戸さんはぎゅうっと唇を噛み、うつむいてしまう。目の端に涙さえ浮かんでいるのを見て、僕は「な、何のことですか!?」と喚いた。 「悪霊が憑いとるとかなんとかワケわかれへんこと言うて、うちのアニキになんや妙なクスリでも盛ったんちゃうやろな!! せやないと、アニキの行動に説明つかへんねん!! どないしてくれんねやこのクソイモガキオラァ!!」 「ちょっ……ちょっと待ってください!! 話が見えませんよ!! だいたい、僕が薬を盛るとかそんなことできるわけないじゃないですか!! 岩瀬さんがずっとそばにいたんですよ、それに……」 「にゃ〜〜〜〜お」 「………………ん?」  その時、聞き覚えのある甘い低音ボイスが、聞こえてきた。聞こえてきた……んだけど……にゃ〜お? にゃ〜おっていった? え? 僕の耳がおかしいのかな?  その珍妙な鳴き声が聞こえた途端、宍戸さんは真っ青になって僕から手を離し、そそくさと扉の外へ出ていってしまった。 「こ、こらアニキ!! 車から出たらあかんて言うたでしょ!! メッ!!」 「……え? な、何? 何が起きてるんですか?」 「うっさいハゲ!! ちょお黙っとれ!!」 「うにゃぁ〜〜ん、ぎゃう!」 「ちょい岩瀬さん!! ちゃんと捕まえといてくれな困りますよ!!」 「すまん。顔中引っかかれてそれどころじゃなくてやな……」  ――?????? な、何? この声……つ、椿さんの声じゃ……??  恐る恐る扉の向こう側をのぞいてみる。 「えぇ……?」  190オーバーの巨漢・岩瀬さんに両脇を掴まれて持ち上げられ、にゃんにゃん喚きながら身をくねらせて、大暴れしている椿さんの姿がある……。  そして、「こら、暴れたらあかんでしょ! 大人しくしなさいアニキ! 岩瀬さん!! ちゅーるどこすか、ちゅーる出して!!」と必死で椿さんをあやそうとしている宍戸さんと、「お、俺の尻ポケットに入ってる! はよう取ってくれ!」とイカツイ顔を戸惑いで歪めている岩瀬さんの姿も……。  ――どういう状況!!??  じっと目を凝らしてみると、暗がりの中、ぽわ、ぽわ……と椿さんの背後に浮かび上がる影が見えた。それは明らかに猫だ。可愛い猫だ。それも一匹じゃない。この間のように、椿さんはまた五、六体の猫の霊をくっつけている……。 「……そうか、こないだ、長期間取り憑かれてたせいで、霊が寄り付きやすい体質になっちゃったんだ。動物霊まで引き寄せるなんて……」 「オイコラァ!! 何を呑気にぶつくさ言うてんねんなんとかしろや!! うちのアニキ……こんな、こんなになってもて……こんな姿よそのやつらに見られでもしてみぃ……真行寺組は終わりやで!!!」  宍戸さんはまた「くっ……」と呻きつつ、暴れる椿さんに猫用おやつのチューブを差し出しながら涙目だ。そりゃそうだ、大惨事だ。あの、あの凄まじい威圧感を身にまとっていたあの真行寺椿さんが、こんな……こんな……猫ちゃんになっちゃうなんて!!!  ――ど、どうしたらいいんだ……僕は……。  困惑しながらもう一度椿さんを見ると……。  おやつを与えられた椿さんは、「にゃあん、うにゃぁん」と上機嫌な声を出しながら、くねくねと地面に背中を擦り付けていた……。

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