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第17話 悩ませるヤクザ

  「紬、ちょっといい?」 「あ……佑亮」  授業の後、佑亮が浮かない顔で僕の元へと歩み寄ってきた。  実はここ最近、佑亮に避けられているような気がしていた。あのヤクザの集団と出くわしてしまったのだ。普通の人なら、『関わるとヤバイ。面倒ごとに巻き込まれたくない』と思うのは当然であって、距離を置かれても仕方がないと思っていた。  でも、これまでの佑亮は面倒見が良くて、すごく僕のことを気にかけてくれる幼馴染だった。避けられるのは仕方がないと頭では分かっていたものの、僕を見て気まずげに目を逸らす佑亮と過ごす教室は、結構居心地が悪かった。  そんな佑亮が、久々に僕の目を見て声をかけてきたのだ。  僕はふらりと立ちあがり、リュックサックを背負いながら佑亮の後を歩く。 「……紬、まだあのヤクザと付き合いあるの?」 「えっ……え、えーと……」  佑亮は駐輪場の方へと歩みを進めながら、僕に背を向けたままそう尋ねてきた。  付き合いは……あるのだろうか。『マメに連絡する』と言っていた割に連絡は来ず、一週間音沙汰なし。かといって、あの時『また会いにくる』と言った椿さんの瞳に嘘があったようにも思えず、僕も、あの人に会えないことを寂しく感じ始めているのだから。  ――変にごまかしても、しょうがないよな……。 「……うん」  僕が重々しくそう言うと、佑亮は駐輪場の片隅で立ち止まり、僕の方を振り返った。顔がこわばっている。 「そ……そうなんだ。へえ……。てか、何で? お祓いって一回で済むもんじゃないの?」 「一回目のはうまくいったんだけど……また、違うものに取り憑かれちゃってて。で、もう一回することになったんだ」 「ふうん。……それってさ、お祓いだけ、なのか?」 「え」 「あの人、なんかすっげ思わせぶりなこと言ってたじゃん。……実際どうなんだよ、そのへん」 「……」 「紬は……その……ヤクザの、じょ、じょ、じょじょじょっ、情婦的なものになっちゃったわけ?」 「情婦」 「いや俺っ……紬のこと心配してるんだよ! け、けどこんなこと親にも誰にも言えないし……! 情けねーけど、ヤクザとか、こ、怖いしさ……」 「……佑亮」  そりゃそうだ。ヤクザと進んで関わりたい人間なんていないし、関わり合いにならない方が身のためだ。それが賢い選択だ。いろいろあったから、僕の中でのヤクザの印象はずいぶん変わっているけれど、佑亮の考え方はすごくまともだと思う。  ――怖い、か。確かに怖かったよね、最初は。でも今はちょっと違う。 「僕は大丈夫だよ、佑亮。別に強がってるわけでもなんでもなくて、本当に大丈夫。それに情婦とかそんなの、あるわけないじゃん」 「……ほんとに?」 「そりゃそうだよ! 佑亮、からかわれただけだって! あははっ、僕男だし、地味だし、あんなモデルみたいなイケメンが興味持つわけないだろ?」 「……でもさ。じゃあなんで、最近ずっとぼーっとしてんの? マジでさ、変なことされたりしてない? もし脅されてるんだったら、俺、一緒に警察とか……」 「脅されてないって。ぼうっとしてんのは……えーと……家事疲れ、かな」 「えっ。そ、そうなの? そんなに大変なら、しばらくうちに泊まりにくる? 父さんも母さんも、それに美由も喜ぶし」 「……いや、いいよ。大丈夫だって。そろそろ父さんも退院できるだろうしさ」 「ああ、そっか……」  なんの屈託もなく、ホッとしたような笑顔を浮かべる佑亮の純粋さが、僕は好きだ。でも佑亮と話していると、時折すごく自分が惨めに思えることがある。  佑亮にとっては、欠けることなく家族がいて、守られて、あたたかく賑やかな家庭が当たり前の世界。僕の孤独に寄り添おうとしてくれる佑亮の優しいところは、もちろん好き。でもほんのちょっとだけ、ずきんと心に刺さる時がある。  ――でも、僕にだって父さんがいる。何不自由ない暮らしをさせてもらって、守るべきお社もあって、友達もいて、幸せだ。そりゃ……羨ましく思う時もあるけどさ……。  ふと、椿さんの過去のエピソードを思い出す。  両親から養育を放棄され、暴力に塗れて、ヤクザの世界へ足を踏み入れた椿さんのことを。今はあんな感じの人だけど、きっとこれまでは僕が想像し得ないほどの苦労や孤独を、たくさん抱えてきたに違いない。でもそんな境遇を撥ね退けることができるだけの強さを、あの人は持って生まれたのだろう。  果てしなく無遠慮な人だけど。  でも、いつだって僕を気にかけてくれる椿さんのことを、今初めて恋しいと思った。 「……ぼ、僕さ」 「ん?」 「い、いや……あの人たちもさ、血も涙もない悪人ってわけじゃないよ。ほら、お祓い頼みに来るくらいには信心深いさ」 「うーん……まぁ、そうなのかもしれないけど。でも、あんまり油断しない方がいいんじゃないか? ヤクザなんて、悪いことやって金稼いだりする奴らなんだし……」 「……」  佑亮の言葉で、僕の心に刺さっていた小さな棘が、さらに奥深くまでめり込んでくる。  そんな言い方しなくてもいいのにと思う反面、ヤクザは裏社会を生業とする人々であって、佑亮の言うことは間違いではないと分かっている。分かってるんだ。  生きる世界が違うというのは、つまりはそういうことなのだ。彼らの中にある常識と僕ら一般人の持つ常識は、必ずしも同じとは言えない。それも分かってる。分かってるよ。でも……。  ――何も知らない佑亮に、椿さんのことを悪く言われるのは嫌だ。 「とにかくさ、紬もあんま深入りしない方がいいと思う。そろそろおじさん帰ってくるんだしさ、きっとまた紬も元気に……」 「……もういい」 「え?」 「うん……そうだよ。僕もまた、これまで通りの生活に戻るわけだし、大丈夫。だから佑亮も気にしないで。大丈夫だから」 「お、おう……。どうしたんだよ、なんか怒ってる……?」 「怒ってないよ。……僕、もう帰るから。佑亮は部活、行きなよ」 「う、うん……。と、とにかく、無理すんなよ」 「ありがとう」  僕はうまく笑えていただろうか。  佑亮に対して、こんな気持ちを抱くのは初めてのことだ。でも、別に佑亮は悪くない。僕は感情に引きずられているだけなのだ。……冷静になろうとため息をつきつつ、僕は自分の自転車のそばまで早足に歩を進めた。  ――佑亮の言うことこそが正論。僕の中につっかえてるものの正体は、多分、その正論だ。僕には、それを飛び越えるだけの勇気がない……だから、椿さんへの気持ちを認めきれないんだ。  またあの人に会えたら、今胸に抱えているもやもやしたものがスッキリするかもしれない。わだかまりつつも心から消えてゆかない椿さんへの気持ちが、はっきりするかもしれない。  連絡先は、知ってる。気づいたらスマホに入っていたから。  でも、忙しいのか何なのか、椿さんから連絡はない。だから余計に、あの人にとって、僕は単なる『お祓い屋』なのかもしれないって思うんだ。甘いことを言っていやらしいことをしてくるのは、ただの物珍しさと、暇つぶしの遊びってだけで……。  ――あの人にとって僕の存在は、どれほどの意味をなすものなんだろう。 「ハァ〜〜〜〜もう、すっきりしないなぁ」  気づけばややこしいことを考えていて、行動も起こさず考え込んでいるだけの自分が情けなく思えてくる。ストレス発散も兼ねて、今日は自転車でぶっ飛ばして帰ろうと思いつつ、愛車を押して裏門から道路へ出たその時。  僕は、黒いスーツを身につけた上背のある男の人たちに取り囲まれていた。  既視感がすごい。 「桐ヶ谷紬くんだね」 「えっ……あっ、はい……?」  その中でもひときわ上背のある一人の男が、つかつかと僕に歩み寄ってきた。硬質な威圧感に押されて思わずこくこくと頷くと、男はガシッと僕の上腕を掴んで、胸ポケットから黒い手帳を取り出した。ぱかっと開いたその中には、『POLICE』と刻印された、鈍い金色の紋章が……。 「我々は警察の者です。署までご同行願えますか」 「け………………けいさつ…………?」  ……黒服に取り囲まれる状況には既視感ありまくりだったけど、人種は潔いほどに真反対だった。
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