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第20話 武闘するヤクザ

  「うわぁああっ……!!」  湖向きの窓一面を覆っていたガラスが一気に粉砕した直後、ゴオォッ……!! と激しい突風が室内をかき乱した。窓が消えて無くなるのと同時に、耳をつんざくほどの轟音が溢れ、忍海さんも、僕を羽交い締めにしていた男の人たちも、堪りかねたように自らの身を庇う。唐突な嵐に襲われたかのような状況の中、僕も頭を抱えてその場にうずくまった。  ――この音は……ヘリコプター!?  低い姿勢を取っている警察の人たちの隙間から、恐る恐る外を見てみる。  すると、こちらを威嚇するように照らされたまばゆいライトを背に立つ、すらりとしたシルエットが見えた。ジャリ、ガリッとガラスを踏む音が、ゆっくりとこちらに近づいて来る。 「う、動くな!! 何の真似だ貴様ァ!!」 「ハァ? 人のモン勝手に盗んどいて、何を偉そうな口きいてんねや」 「…………あ」  僕の鼓膜を、聞き馴染みのある声が震わせる。その瞬間、胸が大きく跳ね上がり、僕は弾かれたように顔を上げた。  徐々に眩しさに目が慣れてくる。  逆光の中に立つ長身のシルエットと、大きなサングラスの似合う華やかな顔立ち。見間違いようもなく、それは……。 「紬、見ィつけた」 「……椿さん……!?」  サングラスを上げ、ニィっといつもの悪そうな笑みを浮かべる椿さんの姿を目の当たりにするや、早鐘を打っていた僕の鼓動が、さらにどきどきと強さを増した。  突然見ず知らずの場所へ拉致られてしまった心細さから、一気に解放されたような気がする。この人の声を聞くだけで、こんなにも心強い。  縮こまっていた心に吹き込まれる力強い息吹を感じるとともに、僕はようやく、椿さんへ向かう感情の意味をはっきりと理解できたような気がした。  だが、ヘリの爆音と強烈な光線が収まるにつれ、警察の人たちの動きも活発になっていく。僕を取り抑えていた黒スーツの人たちが一斉に椿さんを取り囲み、あえてのように物騒な音を立てながら、特殊警棒を伸ばした。僕につかみかかろうとしていた忍海さんの関心も、全て椿さんの方へ一直線に向いている。  対する椿さんは、たった一人。  今日は岩瀬さんも宍戸さんも連れてはいないし、どうも丸腰みたいだ。椿さんが現れてホッとしたのもつかの間、新たなる危機的状況だ。  忍海さんがゆっくり椿さんに歩み寄り始める。特殊警棒を手のひらに打ち付け、妖しく整ったエリート顔を悪辣に歪めながら。 「……やぁ椿。久しぶりだ。ようやく顔を見せてくれたね」 「ポリ公のくせに、やっていいことと悪いことの区別もつかへんのか。ど田舎暮らしの善良な男子高校生いきなり拉致るとか、ありえへんな」 「フン、そのど田舎暮らしの善良な男子高校生をダシにして、お前はいったい何を企んでいるんだ。というか、関東(こっち)に出てきていたくせに、どうして僕に顔を見せない」 「俺は忙しいねん。いい加減、そのへん分かれや」 「いいや、分かりたくもないな」  忍海さんはそう言うやいなや、サッと右手を伸ばし、部下たちに向かって声高にこう命じた。 「君たち、この分からず屋を拘束しなさい」  その命令が言い終わるか終わらないかのうちに、いかつい黒スーツ男たちが一斉に椿さんに飛びかかった。  黒服七人に対して、椿さんは一人。さっきの会話から、この二人の間には何かしら濃い関係がありそうなことは伺えたが、これではあまりにも、椿さんにとって不利すぎる。  だが、椿さんはまるで動じることもなく、いの一番に飛びかかってきた黒服の腕を掴み上げ、肘鉄で鳩尾を突いて警棒を奪った。ガクッと膝をついた黒服を蹴り飛ばし、後から襲いかかってきた数人の黒服の動きを鈍らせ、奪った警棒で降りかかる攻撃を防御する。そして攻めてくる相手を弾き、すぐさま背後からの敵に向き直るやいなや、相手の顎に鋭い掌底を食らわせた。  まるで優美な舞を舞う踊り子のようだ。椿さんは流れるように攻撃をかわし、急所を確実に狙って相手を落としてゆく。だが、相手も手練れの警察官だ。特に、僕をこの建物まで引きずってきた例のロボット男は、やすやすとは倒れなかった。憎々しげな表情で顔を歪めつつ、椿さんとの間合いを取っている。  フーーー、フーーーと深い呼吸を繰り返しながら距離を測る男に対し、椿さんは冷笑を浮かべたままだ。その余裕っぷりが腹立たしいのか、ロボット男は聞こえよがしに舌打ちをし、一気に間合いを詰め、凄まじい気合いとともに椿さんに警棒を打ち込んできた。  だがその瞬間、椿さんは目をらんらんとギラつかせ、すっと半身を引いて男の攻撃をかわす。そして警棒で反撃するかと思いきや、下で固めた拳を繰り出し、男の横っ面に思い切り叩き込んだ。ほんの一瞬の出来事だった。  顔面への打撃が膝に来ているのか、男の巨体がぐらりと傾いでその場に崩れる。だが、それでもなお立ち上がろうと震えている男の頭を、椿さんは容赦無く靴裏で踏みつけた。床一面に散らばったガラス片の上に顔を押し付ける格好になった男の口から、「ぐぁああ!!」と痛々しい悲鳴が漏れる。  それを見下ろす椿さんはひどく愉しげで、これまでに見たことがないくらい、『ヤクザらしい』表情だった。 「っ……椿さん!! やめてください……!!」  人が人を殴る音も、こんな悲鳴も、生まれてこのかた聞いたことがない。あまりの痛ましさに呼吸ができず、僕は思わず椿さんに向かってそう叫んでいた。怯えか、安堵か、恐怖か……複雑に入り乱れた感情が、僕の全身を硬直させる。  ぴた、と動きを止めた椿さんの視線が、ゆっくりとこちらに向く。あちこち壊れた照明のチラつきのせいで、椿さんの黒い瞳が、不気味な光を湛えているように見えた。  椿さんは僕を見て何度か瞬きをすると、ふぅ……と溜息をついて男から離れた。そして、ややバツが悪そうにうなじを掻きながら、僕の方へと歩み寄ってくる。  そして、僕の顔色を窺うように小首を傾げつつ、こう尋ねてきた。 「……怖かったか?」 「へ……?」  忍海さんに連行されたことなのか、それとも、椿さんが垣間見せた凶暴性のことなのか、どちらのことに対する問いなのかは分からなかった。でも僕は椿さんを見上げたまま、何度も首を横に振る。  すると椿さんはほっと安堵したように眉を下げ、そっと僕の頬に手を触れた。まるで、僕が逃げていかないかどうかを確かめるように。  あんな大乱闘を繰り広げた後だというのに、椿さんの指先はものすごく冷たかった。その冷えた指を放っておきたくなくて、僕はとっさに椿さんの指に手を添える。 「……なるほどなるほど。色々と疑問はありますが、つまりはそういうことですか」  呆れたようにため息をつき、忍海さんが肩をすくめている。この修羅場にも動じる様子はなく、倒れた部下たちに目をくれるでもなく、ただただ射殺すような目つきで僕を見ているのだ。改めて、この人はいったい何者なのかと疑問が募る。 「あなた方は……いったいどういうご関係なんですか……?」  震え声でそう尋ねると、忍海さんは片眉を上げ、僕と椿さんを見比べた。 「こっちも聞きたいことは山のようにありますが、まぁ、気になるのならば教えて差し上げましょう」 「はぁ……」 「椿は僕にとって、弟のような存在でしてね」 「お、弟?」 「ええ、同じ施設で育ったんです。十五年近く、一緒に暮らしていたんですよ」 「え……? 同じ施設?」  ――同じ施設で子ども時代を過ごして、片方はヤクザで、もう片方は警察官……?  ちょっと意外な答えに驚き、僕は正面に立つ椿さんを見上げた。椿さんはやや荒っぽいため息をつきながら、「まぁ、そういうことや」と言った。 「でも、俺はこいつを兄貴と思ったことはないけどな。こいつがやたらお節介なだけやねん」 「フンッ、またそんな意地を張って。可愛かったんですよ〜〜昔の椿。他の誰にも懐かないこの子が、僕に対してだけは『そーくん』『そーくん』って後をくっついて回ってきて……あぁ〜〜〜可愛かったなぁ、ほんっとに可愛かったのに……」 「はぁ……」  忍海さんは腕組みをしながら頬をピンク色に染め、うっとりしながら過去を懐かしみ始めた。対する椿さんは、明らかに苛立った表情だ。小さく舌打ちをしつつ、つかつかと忍海さん近づいて胸ぐらを掴んだ。 「……オイ……それ以上言うてみぃ。そのキザったらしい眼鏡の上から目潰しすんぞコラ」 「ふふっ、照れているのかな? 今もこんなに照れ屋で可愛いのに……ハァ……気づいたらこのザマですよ。施設長と喧嘩して家出した挙句、気づけばヤクザだ。『大きくなったら一緒に暮らそうね』って約束してたのに……」 「オォィ!! だからそれ以上言うなって言うてるやろクソ眼鏡コラァァァ!!!」 「へぇ……そうだったんだぁ」  凄みつつも忍海さんには強く出られないのか、椿さんはチラッと振り返って僕を見た。  荒みきった幼少期を想像していた僕にしてみれば、可愛がってくれる兄貴分がいたということは純粋に嬉しいことである。なのでついついほっこりした表情になってしまうわけだが、椿さんは何故かちょっと青い顔をしている。 「ちゃうで、紬。浮気とかちゃうねんで? ガキの頃のセリフ真に受けてるこいつがアホなんやで?」 「浮気? いえあの、浮気って……どういう意味ですか」 「ちゃうねんちゃうねん。こいつが好き勝手にキモいこと言い散らかしてるだけで、俺と壮一郎にはもはやなんっっの関係もないわけで」 「僕……なんか、(嬉しくて)泣けてきちゃうな……。椿さんにも、そういう(気の許せる)相手がいたんだなぁって思うと……」  詳しいことは知らないのに、椿さんの幼少期について壮絶悲壮な妄想を繰り広げていたこともあり、僕は心の底から安堵していた。そうか……子ども時代からずっと、こうして今も椿さんのことを心配してくれる人がいてくれたんだなぁ……ホッとしたら、なんだか目頭が熱く……。  すると、椿さんがすごい勢いですっ飛んできた。 「おいおいおい!! 何泣いてんねん!! ちゃうで紬!! 俺はお前一筋や!! 俺が愛してるのはお前だけやから!!」 「ぐすっ……ほんと良かった……ほんと…………え? 愛?」 「ほんまやで!! 新居(ヤサ)買うたらすぐ迎えに行こう思てたのに、俺がグズグズしてるせいで泣かせてしもて……すまん紬!! クッソォ……今すぐ指詰めてケジメ……」 「え? ヤサって何…………ちょ!! 何やってんですか!! ダメダメダメ!!」  突然その場に正座して背中から短刀を抜き(ベルトに差していたらしい)、床に広げた手に向かって刃を振り下ろそうとしている椿さんに縋りついていると、聞こえよがしなため息が上の方から降ってくる。 「そのへんについても、じっくり事情を聞かせてもらいましょうか。……ハァ〜〜やれやれ……ヤクザ墜ちしただけでは飽き足らず、まさかショタコンになっていたなんて……」 「は? 誰がショタコンやねん」 「まったく、この数分でどれだけの罪を犯せば気がすむんです。公務執行妨害、銃刀法違反、器物損壊、不法侵入、児童淫行、少年健全育成条例違反疑い……」  忍海さんは絶妙にリアルな罪名を呪文のように諳んじながら、クイッ、クイッと眼鏡を押し上げた。    僕を騙して拉致した自分のことは棚上げかよ……。

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