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第22話 隙のあるヤクザ

  「よいっしょ……はぁ……」  僕は今、椿さんのマンションにいる。  色々あってヘリで眠ってしまった椿さんを岩瀬さんと一緒に部屋まで運び、ようやくベッドに寝かせたところだ。  ――それにしても、でっかいベットだなぁ……。何帖ぶんくらいあるんだろ。  いつも僕が使っている布団の四倍はあろうかという大きなベッドに、広い寝室。おしゃれな間接照明がほんのりと闇を照らす中、椿さんはぐーぐー寝息を立てて眠っている。 「……紬さん、すみません。いつもいつも、若が世話をかけてしまって……」 「あ……いえ、そんな」  お母さんよろしく椿さんにブランケットをかけながら、岩瀬さんが沈痛な面持ちでそう言った。今日も今日とて顔は引っかき傷だらけで痛々しい……まぁ、暴れる椿さんを抑え込むのは、大変だ……。  忍海さんの別荘から立ち去る際、突然現れたヘリコプターに驚いた椿さん(の中にいるポメラニアン)が、「キャウンキャウン!!」と大暴れしたのだ。  僕は僕で椿さんを抱きしめたり宥めたりと頑張っていたのだが、相手は僕より数段体格のいいヤクザということもあり、あっさり窓から外へ逃げられてしまった。そして、人間の四つん這いとは思えないスピードで、椿さんは森の奥へ走り去った。  ヘリを操縦していた岩瀬さん、そして岩瀬さんにくっついてきた宍戸さんとともに、何とか椿さんを捕獲し、三人がかりでヘリまで引きずってきたのだが、「ガゥゥ!! ワンワン!! ギャウン!!」と宍戸さんに噛みついてみたり岩瀬さんに体当たりしてみたりと大騒ぎ。あまりにも暴れるのでお祓いなんてできる状況でもなく……。  結局、岩瀬さんが椿さんの鳩尾に拳を沈めて気絶させ、どうにかこうにか大人しくなったのだった。  もっと椿さんの犬っぷりを見てみたそうにしていた宍戸さんを追い払い、岩瀬さんは僕だけを椿さんの自宅に入れてくれた。そして眠る椿さんから、ポメラニアン霊を祓ったのだ。……といったもまだ、そのへんにいるけど。  そして今、疲れ切った厳ついヤクザと、僕は向かい合ってお茶をすすっている。  げっそり疲れた顔には、凄みというより悲壮感のようなものが溢れていて、見ているこっちが痛々しい。そりゃそうだよね。自分の上司があんなになっちゃった後だしなぁ……。 「あの……大丈夫ですか? 顔の傷……」 「はい、慣れましたから」 「慣れ……」  岩瀬さんはことんと湯呑みを置き、鋭すぎる切れ長の目で僕を見つめた。思わず腰が浮きかけるほど目つきが怖い。 「若は……ずっと、あの調子なんでしょうか」 「え?」 「あの日、祠を壊して悪霊に取り憑かれてからこっち、若はすっかりおかしくなってしまわれていますよね」 「……ええ」 「これまでは、たまたま紬さんがいてくださる時にああなったので、なんとか抑えが効きましたが……。もし、大事な会合の時にあんな状態になってしまわれたら、もう……一体どうしたらいいか」 「うーーーん……」 「若は、治りませんか。組長は病気がちで、すっかり気弱になってしまわれていて……そろそろ本当に、若に真行寺組長を襲名させるおつもりです」  忍海さんからも聞いていたことだけど、岩瀬さんの口からそう語られると、真実味と重みが増す。  なんだか急に、椿さんがものすごく遠い存在になってしまうような気がして、心の真ん中がずきりと痛んだ。 「本当に、組長に……」 「このことは、組長には話していません。組長は我が子のように若を可愛がり、信頼しているので……若がワンワン言ってるような状況を組長が知ったら……ぐうッ……胃が、胃が痛い……ッ」 「岩瀬さん……」  渋面をさらに渋く歪めながら、岩瀬さんは腹を抱えてしまった。思わず立ち上がって背中をさすると、岩瀬さんは潤んだ瞳で僕を見上げて、「……すみません、紬さん」と呻いた。 「一度悪霊に憑かれてしまった人の霊体には、『隙』が出来てしまうんです。悪霊たちはそこに付け込んで、椿さんの心と身体を蝕んでいく」 「そうなんですか……」 「しかも椿さんには、生まれ持った強い精神力があります。その強いエネルギーに惹かれて、霊たちがどんどん寄ってきちゃうんだと思います」  説明を聞き、岩瀬さんがさらに深くうなだれた。僕は慌てて、こう付け加える。 「いい方法がないか、僕も調べてみます。なので……元気を出してください」 「……ええ。すみませんが、よろしく頼みます」  岩瀬さんは膝に置き、深々と僕に頭を下げた。僕が大慌てで礼を返すと、岩瀬さんはちょっとだけ表情を緩めて、立ち上がる。 「私はそろそろ戻ります。もし、ここにいるのがお嫌でしたら、すぐにご自宅にお送りしますよ。どうしますか」 「えっ、いえ、嫌ってことはないです」  今日が金曜日で良かった……と思い出しつつ安堵する。  本当なら、土日の部活を終えた後ゴールデンウィークに突入と言う流れだったのだけど、顧問の先生や部員の皆には家の事情を理解してもらっているため、部活は比較的休みやすい。虚しいことに、父さんのお見舞いと神社組合の会合くらいしか予定は入っていないし、それまでに帰れば問題ないだろう。 「心配ですし、今夜は泊まらせてもらおうかな」 「分かりました。バスルームはそのドアの向こうです。紬さん用の服はたくさんありますので、どうぞご自由になさってください」 「ありがとうございます。…………ん? 僕用の服?」 「何かありましたら、私の携帯に連絡をください」  岩瀬さんはそう言いつつ、のっしのっしと玄関の方へと歩いていく。ピッカピカに磨き上げられたフローリングの廊下を進んでゆくと、玄関マットの上に、のんびり毛づくろいをしているあの三毛猫霊がいた。 「あれっ。おまえ、ここにいたの? どうりで最近見ないと思った」 「はい?」  突然三毛猫に話しかけ始めた僕を、岩瀬さんが怪訝な顔をして見下ろしている。何もない空間に向かって突然声を掛ける人間なんて気持ち悪いことこの上ないだろうが、岩瀬さんはさほど動じる様子もなく、僕の隣にしゃがみ込んだ。 「何かいるんですか?」 「あ、ええと、はい。以前、椿さんに取り憑いた猫です……」 「ああ……あの時の。このあたりですか?」 「もうちょっと左下のほうです」 「……」  岩瀬さんは慎重な動きで、三毛猫霊の上に手をかざす。そして、見えない毛並みをゆったりと撫でるように、手を動かした。岩瀬さんの分厚い手は、ちょうど三毛猫霊の背中のあたりに触れている。三毛猫霊もそれを嫌がることはなく、興味深そうな目で岩瀬さんを見上げていた。 「怖くないんですか?」 「ああ……はい。昔、猫を飼っていたもんで」 「へぇ」 「まぁ、飼っていたといっても、ガキの頃、公園で毎晩出くわす猫にちょっと餌やりしてただけなんですけどね。自分の飯も食えてないのに、汚れた猫が寄ってくると、ほっとけなくて」 「……そうなんだ。優しいんですね……」  ふと垣間見えた岩瀬さんの幼少期に、僕は月並みな言葉を返すことしかできなかった。  自分とはあまりに違う人生を歩いてきたこの人たちと僕を繋げているのは、この人たちを困らせている霊たちだ。心霊現象が消えてなくなれば、この人たちとの間に生まれたかすかな絆も、消えてしまうのだろうか。 「優しい……か。どうでしょうね。何もない自分にも、ひとつくらい、支配できるものが欲しかっただけかもしれません」  『支配』という強い言葉を口にするには、あまりにも優しい口調だった。目を細めて三毛猫霊を撫でる岩瀬さんの横顔に向かって、無意識のうちに、僕はこう問いかけていた。 「支配……ですか? 守りたいもの、じゃなくて……?」 「……」  つと、岩瀬さんの手が止まる。言ってはいけないことを口にしてしまったのだろうかとヒヤリとしたが、岩瀬さんはただじっと、何も見えないだろう玄関マットをじっと見据えたまま、しばらく沈黙していた。 「あの……ご、ごめんなさい。よく分かりもしないで、変なこと……」 「守りたいもの、か。……そうだったかもしれません」 「……」 「守ってもらいたかった。だから代わりに、あの猫を……」 「岩瀬さん……?」  岩瀬さんはそっと目を閉じため息をついたあと、ゆっくりと立ち上がって革靴を履いた。そして僕に向き直り、礼儀正しく一礼する。 「若がどうして紬さんに惹かれるのか、よりよく分かった気がしました」 「え?」 「若にとって、あなたは初恋に等しい存在だと思います」 「ん? はっ……初恋!?」 「一途に想われすぎて困ることもあるかもしれませんが……若のこと、どうかよろしく頼みます」 「は、はい……おやすみなさい……」  思いがけず優しい微笑みを見せ、岩瀬さんはドアの向こうに消えていった。  すりすりと僕の脚に甘えてくる三毛猫霊のそばにしゃがみ込み、ふわふわとあたたかな気配を撫でていると、そこに残された岩瀬さんの感情が、少しだけ伝わってくるような気がした。  そして岩瀬さんが残していった一つの言葉が、僕の胸をどきどきと高鳴らせる。    ――初恋……。 「ニャ〜ン」 「うん……あの人は、椿さんのことを守ってる人。お前もこんなところでゴロゴロしてないでさ、椿さんの守護霊になってあげるとか、そういうのしてみたら?」 「ニャァ」 「……なんて、そんなの無理か。そうだよね、他力本願してないで、僕にできることも探さないとダメだね」 「ア〜オ」  僕の独り言が伝わっているのかいないのか、三毛猫霊は大欠伸をした。その仕草の愛らしさにちょっと気が抜けて、僕はふっとため息をつく。 「お前にも名前つけなきゃね。何がいいかなぁ……。あ、あと、リビングにポメラニアン(霊)がいるけど、喧嘩しちゃダメだからね」  じっくり言い聞かせるように頭を撫でるも、三毛猫霊はするりと僕の手の下から抜け出して、ドアをすり抜けどこかへ出かけて行ってしまった。……自由だ。
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