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第25話 呪われるヤクザ

   目隠しを外され、眩しさに目を細めながら視線を上げると、巨大な日本家屋がででんと鎮座していた。  ぐるりと背の高い垣根は青々と瑞々しく、手入れが行き届いていて、屋根のあるタイプの立派な門によく似合う。そこに掲げられた重厚な色合いの表札には、達筆な文字で『真行寺』と書かれていて……。  ――ここに、真行寺組組長さん……椿さんのお義父さんが……。 「さぁ、組長が中でお待ちです。どうぞ」 「はっ……はい……」  恐怖と緊張のあまり、右手右足が一緒に出てしまう。そんな僕を見て、遊佐さんがくすくすと可笑しげに笑いだした。 「ふふっ……なんとまぁ、可愛らしいことですなぁ。坊の女遊びの派手さには呆れてましたけど、君みたいな子をねぇ」 「あ、あのっ……椿さんは、大丈夫なんですか?」 「へぇ、優しいんですねぇ。自分のことよりも、坊のことが心配ですか」  雅やかな笑みを浮かべながら、遊佐さんはおっとりとした声でそう尋ねてきた。バスルームで倒れ伏してしまった椿さんの姿が、痛々しく思い出される。  椿さんは強い人なのに、遊佐さんはそのさらに上をいく強さを持っているらしい。この人は身長は175センチくらいだろうか。そこまで長身というわけでもなければ体格がいいわけでもないのに、溢れ出る威圧感に冷や汗が流れる。『あなたに体術を仕込んだのは私』と言っていたってことは、椿さんの兄貴分なんだろうけど。  ――どうして、こんなことを……? 「僕をここへ連れてきた理由って……何なんですか?」 「へ〜え。質問する余裕があらはるんや。なかなか肝が据わってますやん」  ごわごわ問いかけたものの、さらっと受け流されてしまった。つるつるに磨き上げられた廊下を歩きつつ、僕はちらちらと周囲の様子を確認する。  開け放たれたガラス戸の向こうには見事な日本庭園が広がっていて、まるで高級旅館のような佇まいだ。  お約束のように池の中には大きな錦鯉が泳いでいるし、鹿威しの音も聞こえてくる。雰囲気だけ見れば、ここがヤクザの組屋敷だとは誰も思わないだろう。  ――僕、ここで一体何されるんだ? 『若頭に近付いた罰』とかって、内臓取られたりしちゃうのかな……。  降って湧いた妄想に青くなっていると、不意に遊佐さんが足を止めた。そして一枚の障子戸の前で膝をつき、「組長。遊佐です」と口にする。僕も慌てて、その場に正座をした。 「おう、入れ」  ずんと腹に響くような低い声が、障子の向こうから聞こえてくる。無意識のうちにビシッと背筋が伸びるような、厳しく鋭い声だった。 「失礼いたします。組長、桐ヶ谷紬様をお連れいたしました」 「おう……そうか。早う入ってもらいなさい」 「はい」  色々と雑な扱いを受けたような気がするけど、僕の名前にはご丁寧に『様』がつけられている。戸惑いがちに部屋へ進み入ると、十畳以上はあろうかという広い部屋に、ひとつ布団が敷かれていた。そこに、大柄な老人が座っている。  組長という肩書きや声の感じから、ものすごく強そうな人を想像していたのだが、組長さんの全身からはまるで生気を感じられなかった。  肉体こそ大きいけれど顔色は悪く頬は()け、背筋は力なく曲がり、肩も落ち気味だ。だが、隙のない目つきで僕をじっと見据える老獪な眼差しに射抜かれた瞬間、自然と姿勢がしゃんとした。 「ほう。君が、椿がえらい世話んなってる高校生か」 「はっ……はい……」  思わず平伏したくなってしまう迫力のある声だ。この人に本気で怒鳴られたり凄まれたりしたら、きっと死にたくなるほどに恐ろしいに違いない。ぷるぷるとかすかに震えつつ、僕はそっと畳に指をついて頭を下げた。 「ええ、ええ。そんな堅苦しい挨拶はええ。……それより、君に頼みがある」 「……えっ、頼み、ですか?」  声色に、やや切羽詰まったようなものが滲んでいることに気づき、僕は頭を上げて組長さんの顔を見た。  寝付いているようだけど、たっぷりとした白髪をきちんと後ろに撫で付け、着物も見苦しくなく整えてある。顔色は悪いし、年齢相応の皺はあるけど、鷲鼻はいかめしく目力も強い。血縁はないと聞いているし顔も似てはいないけど、そこはかとなく椿さんと印象が似ている。  と、そんなことを考えていたその時、フッ……フッ……と組長さんの背後で何かが蠢いた。  僕が思わず目を見張ると、ぼわ、ぼわとたくさんの悪霊たちの影が浮かび上がるのが見えて――  この人の背にも、がっつり十体ほどの悪霊がのしかかっている。 「あ……憑かれてますね」 「!! や、やっぱり見えるんか!! 君、見えるんやな……!!?」 「ええ、はい……。いっぱい憑いています……」 「そうか……やっぱりそうやったんや!! ほれ見ぃ遊佐!! わしが耄碌(もうろく)しとったわけちゃうかったやろ!!」  組長さんはグワッと目を見開いて興奮し始めたかと思うと、「う゛げぇほぉぉっ!!」と思い切り派手に咳き込み始めた。  すると遊佐さんは組長さんの隣に飛んでゆき、「組長!! しっかりしてください!!」と背中を撫で、必死っぽい声色の割に生ぬるい目つきで僕を見た。……いやそんな目で見られても。 「ぐふっぅ……やっぱり、あいつはこのわしを呪い殺そうとしとるんや……」 「も〜組長。そんなことあるわけないやないですか。ただの過労やてお医者さんに言われたでしょ? このガキが適当なこと言うてるだけですって。騙されたらあきませんよ」 「ちゃう! ちゃうで遊佐!! わしはな、毎晩毎晩悪霊に脅かされてんねん! せやからこんな、不調……ゲェホォッッ……」 「ん〜いけませんねぇ。眠れへんねやったら、お薬増やしてもろたほうがいいですかね〜」  必死な形相の組長さんに対し、遊佐さんはどこまでも面倒臭そうな顔で……なんだか、認知症のおじいちゃんをはぐらかす鬼嫁みたいに見えてきた。 「薬なんぞ効かへんわい!! なぁ君!! わしには悪いモンが憑いてんねんなぁ!?」 「は、はい!! そうですね!!」  組長さんに血眼でグワッと凄まれて、僕は思わず竦み上がった。すると今度は、物凄い勢いで組長さんが僕の方へ這ってくる。思わず尻餅をつきそうになったところで両肩を掴まれ、ぐわんぐわんと揺さぶられる。 「ああ……先生!! わしの言うことを信じてくれるんは君だけや……!! 今すぐ除霊したってください!! 金ならいくらでも払いますよって!!」 「い、いえっ、あの、ちょっ、まっ、あの、」  病人とは思えない力で振り回され目を回しながら、僕はこの状況に果てしなきデジャビュを感じていた。組長さん、行動が椿さんにそっくり……。 「先生!! 先生!! この通りや!! わしはまだ死にとうない!!」 「わ、わかりました! 分かりましたから、は、離してください……!!」  ようやく手を離してくれた組長さんを遊佐さんが宥めすかし、布団に戻して水を飲ませる。そして遊佐さんはごほんと咳払いをし、きちんと正座をして僕を見つめた。 「宍戸には、坊の行動を逐一報告させてるんです。でも最近あいつ、妙に僕の質問はぐらかそうとするから怪しい思てな、縛り上げてエエことしたったんやけど」 「…………はぁ」 「そん時、あいつがチラッと言うたんです。坊の新しいオンナは、霊能力者やって」 「霊能力……? ん? いや、ていうかおんなって……」 「それ以上は頑として口を割らへん。けど、使えるかもと思いましてな。霊能力なんてインチキに決まっとるけど、組長のクソしつこい妄言を適当にあしらうのにちょうどええかなて」 「オイ、丸聞こえや遊佐。お前いっぺん大阪湾沈んでこい」 「ハイハイ、それはまた今度」  組長さんというとかなり偉いんだろうけど、そんな相手を前に随分ズケズケとものを言う人だなぁ……と僕は半ば感心するような思いで、僕は「はぁ……」と弱々しい返事をした。そして、ちらりと組長さんの様子を窺う。  何者かに呪いを受けているとしたら、その相手から送られるエネルギーのようなものを感じることができるのだが、組長さんの身体からは、他の『生きている人間』の気配は感じられない。    ただ少し気になるのは、組長さんの中に、ひどく不安定な『ゆらぎ』のようなものが見て取れること。不安や、恐れ、疑心暗鬼……そういった、濃密な負の感情が、ぐるぐると渦巻いている。  そのせいで、同じような波長を持つ悪霊が寄り憑きやすくなっているらしい。  となるとこれは、椿さんのように『祠を蹴り壊したせいで祟られた』というケースとは事情が異なり、組長さん本人が招いたものということになる。組長さんのセリフを聞いていると、何か心当たりがあるみたいだし……。 「あなたを呪う相手に、思い当たるところがあるんですか?」 「ぐぬぅ……」 「多少はお力になれると思います。……よかったら、話してみてもらえませんか。事情が分からないと、うまく浄霊できないんです」 「そおか……せやんな……うん、せやな……」  そんな僕の問いかけに、組長さんは俯いていた視線を持ち上げた。 「三ヶ月ほど前から……やな。とある手紙がわしのもとに届くようになった」 「手紙? 誰からです?」 「……。……わしの本当の息子、と名乗る男からや」
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