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第27話 喜ぶヤクザ

「お前……どっから聞いててん」 「実の息子に脅されてる、ってとっからかな。最近なんや様子がおかしいな思てたら、そういうことやったんか、オヤジ」 「……」  椿さんはのっそりと和室に入って来ると、当然のように僕の隣に腰を下ろした。  怪我をしている様子がないことに、僕はまずホッとしていた。見ると、椿さんは白いTシャツにジーパン、その上にスーツのジャケットというちぐはぐな格好だ。髪もやや乱れたままである。身支度を整える余裕もなくここへ駆けつけてくれたのかな……と思うと、なんだかすごく、ホッとした。  だが、組長さんはそれどころじゃないご様子だ。たらたらと冷や汗を流し、蒼白な顔がさらに青くなっている。気まずげに視線を落とし、ぎゅっと布団を掴んでいる。 「すまん……椿。わしは、お前に……」 「別にええて。そら、めっちゃちっこいガキの頃から我が子のように育てられてた〜とかならもっとショックやったかもしれへんけど、俺があんたの養子になったんは十八の頃やで? 男女の修羅場なんざクソほど見て来たんや。隠し子の一人や二人、んなもん、隠し事のうちに入らへんわ」 「……え? そ、そうなん? わし、けっこうお前のこと可愛がってたつもりやってんけど……?」  拍子抜けしたような、残念なような口調でそんなことを言う組長さんに、椿さんは薄く微笑んだ。 「俺を信頼してくれてんのは分かってた。俺の根性を認めてくれてるってことも」 「……」 「それは、普通に嬉しかったけどな。ちゅーか、呪いやなんやいうてウジウジ悩むんやったら、そいつに直接どうしたいんか聞いたったらええねん」 「直接、やと?」  眉根を寄せる組長さんに向かって、椿さんはすっと手を持ち上げた。そしてこともなげに、こんなことを言い放つ。 「天麻会のリーダーの居場所が割れた。引きずり出して、ここへ連れてきたるわ」 「なっ……なんやと」 「俺としても、コソコソ脅迫することしかできひんようなガキに、真行寺組は渡せへん。言いたいことがあるなら、面と向かって言うてもらうで」  強い口調でそう言い切った椿さんは音もなく立ち上がり、ガシッと僕の上腕を掴んだ。そして、引きずられるように立ち上がった僕の肩を強く抱く。 「そういうわけやから、オヤジはここで大人しく待っとけ。ええな」 「えっ……ていうか、ちょお待て待て待て待て! わしはな、そちらの先生に大事な用事があってやな……」 「は? なんや先生て。それって紬のことか?」 「はうっ……。いや、それは……」 「ちゅうか、なんやねんあれ。遊佐つこて紬拉致るとか許されへんで! そら、早う俺の嫁の顔が見たいっちゅう事情は分からんでもないけどやな、こういうことはきちんと筋通せって、オヤジいつも言うてたやろ!」 「ん? 嫁? それはどういう……あ、おい、椿!!」  微妙な空気になっている和室を、椿さんは僕の手を掴んだままさっさと出てきた。そして、僕はふと首をひねる。  ――ん……嫁? 嫁って? 僕のこと……だよな。……にしても嫁って……。   やや頬を赤らめつつ組屋敷の門をくぐると、いつものように黒塗りのセダンが一台停車していた。その後部座席に僕を押し込んだあと、椿さんもするりと身体を滑り込ませてくる。そしてそのまま、僕をぎゅっと抱きしめた。息が止まるほどに、強く強く。 「ぐっ……ぐるし……」 「ごめんな、紬!! 急にあんなとこ連れて行かれて、怖かったやろ……!!」 「い……い、いえ」 「俺がついていながら、不甲斐なさすぎてほんっま情けないわ……! 今すぐ指詰めて詫びを……ッ」 「だ、だめだめだめ!! 小指大事!! 小指は大事にしてください!!」  内ポケットからドスを抜き、小指をセルフカットしようとしている椿さんの両手を慌てて掴む。  すると椿さんは、ふと真剣な表情になり、間近でじっと僕を見つめた。 「な、なんですか……?」 「紬は……ほんまに俺のこと、よう分かってくれてんねんな」 「え?」 「お前がオヤジに言うてくれたこと。あれ、めっちゃ嬉しかったで」  椿さんが組長さんや組の皆さんのことを大切に思ってるのだと訴えたことを、椿さんは聞いていたらしい。  僕はなんとなく照れ臭くなって、すぐそばにある椿さんのきりりとした目から視線を逸らした。  だがすぐに顎を掴まれ、改めて椿さんと向き直らされてしまう。黒く艶やかな瞳にまっすぐに見据えられ、抑えようがなくどきどきと胸が高鳴った。 「……好きやで、紬」 「っ……」 「ごめんな……。いつもいつも、面倒ごとに巻き込んでしもて」  そう言って眉を下げ、申し訳なさそうな顔をする椿さんの表情があまりにも可愛く思えて、僕は内心ウッと詰まった。  確かに、椿さんと出会ってからこっち、お祓い三昧だし警察には攫われるしヤクザには攫われるしで、平穏だった僕の生活は大騒ぎだ。でも不思議と、それを煩わしいとは思えない自分がいる。  当然、怖くなかったわけでもない。攫われるたび、何かひどいことをされるのではと悪い想像をしてしまい、不安に震えなかったわけでもない。  でも心のどこかで、絶対に椿さんが来てくれると確信していた。不思議なことに、どんな状況でも、椿さんがいてくれさえすれば、大丈夫だと思えた。  ヤクザなのに、憑かれやすくて、怖がりで、問題ばかり持ってくる人なのに、どうしてだろう。  椿さんがそばにいてくれるだけで、僕まで強くなれる気がしてしまうんだ。 「へへ……もう、慣れましたから」  自然と表情が緩んで、僕はふっと微笑んだ。  そんな僕の笑顔を見て、椿さんが目を瞬いている。 「お前の笑った顔……初めて見た」 「えっ? そうでしたっけ」 「そうやで! うわ……なんやもう……めっちゃ嬉しいやん。ハァ……もう、ほんっまにお前」 「わっ……」  椿さんはぎゅうう、と僕を抱きしめ、僕の髪に愛おしげに頬ずりをした。  僕はこれまで、どんな顔で椿さんと過ごしていたんだろう。ほんの少し笑っただけでこんなに喜んでくれるなんて……そんなの、めちゃくちゃ嬉しいじゃないか。  ついつられて、ふふ、ふふっと笑いがこみ上げてくる。すると椿さんは僕の両頬を手のひらに挟み、とろけるように甘い眼差しで僕を見つめた。  ――もう、かなわないな……この人には……。  いつだってマイペースで、自信満々で、明るくて、賑やかで、優しい人。僕はいつの間に、こんなにも椿さんのことを大切に思うようになっていたのだろうか。  言いたい。伝えたい。椿さんの気持ちに、きちんと自分の言葉で応えたい。  ようやく自覚できた自分の感情に、はっきりとした形を与えたい……。  伝えたい言葉をいざ口にしようとすると、急に緊張感が増してゆく。どきどきどきと、鼓動がうるさい。自分の肉体なのにまるで制御できる気がしなかった。  僕は深く深く息を吸い込み、頬に添えられた椿さんの手をぎゅっと握った。 「僕も……好きです」 「ん? ……えっ?」 「椿さんのこと……好き、です」 「……紬」  形良く整った椿さんの双眸が、小さく見開かれる。  しばし沈黙が続き、穴があくほどに僕を見つめ続ける椿さんの目力に負け、僕はぎゅっと目を瞑った。 「な、なんで黙ってるんですか!」 「い、いや……お前の気持ちは、誰よりも理解しとるつもりやったけど……」 「はぁ……」  一体いつからどの程度きちんと理解されていたのかどうかは果てしなく謎だけど……椿さんはぱち、ぱちと現実を確かめるようにゆっくり瞬きをし、そしてほんのりと頬を赤く染め始めた。 「そんなふうにハッキリ言われたら……ど、どないしょ」 「なっ……なにがです……?」 「なんやこれ、幸せすぎんねんけど」  椿さんは噛みしめるようにそう呟くや、僕の唇に優しいキスを降らせた。そのまま革張りのシートに押し倒され、さらに深く唇が重なり合う。  口を開いて先をねだれば、椿さんはすぐに応じてくれた。あたたかい舌で僕の口内をゆったりと愛撫しながら、時折うわごとのように僕の名を囁く。愛おしげに響く甘い声音が、僕の鼓膜を切なく震わせた。  もっと、もっとこうしていたかったけど、椿さんはふっと僕から顔を離す。  そして、指の背で僕の頬を撫でながら、掠れた声でこう囁いた。 「この件が片付いたら……お前のこと、ほんまに抱く」 「へっ……」 「これまでずっと我慢してきたけど……もう無理や。お前のこと全部、俺がもらうで」  凄みさえ感じさせられるほどに、ひりついた必死な目つきだった。深い色をした漆黒の瞳に、心も身体も囚われるようだった。  こんなにも熱い眼差しに抗えるわけがない。僕は無意識のうちに、こく、こくと、何度も何度も頷いていた。 「ふ……ええ子や。ほんなら、さっさとオヤジの隠し子捕まえにいこか」  難しそうなことをこともなげにそう言うと、椿さんはシートに座り直して僕を引き起こした。そして、コンコン、と後部座席の窓ガラスを叩き、「岩瀬、行くで」と命じている。…………どうやら一連の流れを、岩瀬さんに見られていた模様……。 「紬さん、お疲れ様です」 「はぁ……お世話になります」  スッと運転席に乗り込んでくる岩瀬さんは、普段と変わらずドスの効いた顔だ。だが何とは無しに表情は柔らかく、なんだか少し嬉しそうに見えるような……。  ほのぼのとした表情を隠すように、岩瀬さんはスッとイカツいサングラスをかけた。そしてエンジンをスタートさせながら、事務的な口調で椿さんにこう告げる。 「天麻会のリーダーは、例のクラブのVIPルームで複数の女と仮眠中。調査部の奴らからの報告です」 「ほー、のんきにお昼寝中かいな」 「下のやつらに、すでに店は囲ませています」 「そうか。さぁて、どう攻めたろかなァ」  ニタァァと、さも楽しげに悪い笑みを浮かべる椿さん……うん、すっごくヤクザの顔だ……。  その時、椿さんの膝の向こうから、ひょいとポメラニアンが顔を出した。そしてついでのように三毛猫まで現れて、大あくびをしながら椿さんの首に巻きついている。よほど椿さんが気に入っているのか、どうやら、ずっとくっついていたらしい。  思わず、「わぁ、ポメ助とミケ太もいたんだ」と口にすると、椿さんが訝しげな表情でこっちを見た。 「あ゛? ぽめすけ? みけた? 誰やねんその男」 「男? こないだ椿さんに憑いてたポメラニアンと、三毛猫の霊です。椿さんが好きみたいで、ずっと背後に……」 「ヒッ……ヒィィィ!!?? ずっと背後に!!!??」  真っ青になって震え上がり、ガタガタと騒々しく後部座席を見回しまくる椿さんだが、動物たちは呑気なものだ。どうやら取り憑くつもりはないようで、椿さんのそばをふよふよと漂っている。  それを見た僕は、ちょっといいことを思いついた。  
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