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⑤※

「ぢょっ、まっ……てってばっ!!」  しぶとく抵抗するだけの力はまだあるらしい。勇人は足を払いのけて起き上がってきた。 「流っ、この際だから教えろよ‼︎ ホントは椿ちゃんと付き合ってんだろっ⁉︎」  とはいえ、腹のダメージが大きいのか前屈みでヨロヨロとしていた。それでも、膝をつかないのだから、チャラ男の割には根性がある。 「ああ、付き合ってるな」 「や、やっ、やっぱりっ……」 「親友としてな」 「えっ……は? えっ、あの、今ここでそんなボケかますの?」  俺の優しさは人並みかそれ以下だ。特別だとしたら親友の椿だけ。そして、妄想でもその親友を汚した目の前のコイツに与えられるものは何も無い。  勇人の膝を蹴り飛ばし、さらに前のめりになった頭を続けて蹴り飛ばした。  またしてもノーガードだった為、派手にひっくり返って倒れた。  俺は深い溜息をつき、割れた腹を踏みつける。 「やれやれ……どんな噂かと思いきや、聞き飽きた噂をまた聞かされるとはな……」 「うがっ‼︎ まっ、までっ、ぎいでっ‼︎」  まだ言いたい事があるらしい。ぐっと足を掴んできた。実にしぶとい。 「なっ、流はっ……どうっ……なんっ、だよっ!?」 「んだよ……言うならはっきり言え」  押し返してくる手を踏みつける。しかし、勇人は苦しげに声を上げながらも、負けじと抵抗を続けた。 「いつもっ……一緒にっ……いるならっ、ホントはっ、ムラムラしたことだってあんでしょ⁉︎」  ピタッと足の動きが止まる。  勇人が驚いた顔をしたが、直ぐに今がチャンスとばかりに抜け出した。  それを許した自分に多少の驚きを覚えた。  勇人は痛む腹を摩りながらも、その顔はニヤけていた。立場が逆転して強気になっている。 「流も素直じゃないね〜。いや〜、流の気持ちもわかるよ〜? あーんなに色っぽいと、ただのオトモダチじゃツライもんね〜?」  ニヤニヤと笑いながら顔を近づけてくる。  俺は一切の表情を消して冷たく睨みつけたが、それでも自分の方が有利だと信じて疑わない様子だ。 「ねーねー、さっき来た時、興奮しなかった? あーんなに汗かいちゃってさ……堪んないよね? あのまーっ白の肌を流れる汗の感じとかさー……はあー、舐めたくならない? 俺、すーっごく興奮しちゃって……勃っちゃった。あはっ。今もさー、首から舐め回してピンクの乳首にしゃぶりつきた……んがっ‼︎」  思いっ切り顔面を掴んだ。そして、ニッコリと笑えば、指の間から見える勇人の顔がみるみる青褪めていった。  そのままベッドまで押しやって叩きつける。 「おっわあっ⁉︎ いっ、へっ⁉︎ ちょっ、な、なにっしてっ⁉︎」  ベッドに倒れた勇人を布団で巻いて簀巻きにした。そして、その辺にあるコンセントから適当に線を抜いて繋げ、布団の上から巻いて縛り上げる。  夏布団とはいえ、この暑さの中で簀巻きにされるのは拷問だろう。頭しか出てない勇人だが、その顔面からは滝のように大量の汗が流れ出ていた。 「あーあのっ、なっ、流くん……こ、これってどういうことかなあー?」  質問には答えず、爽やかな笑顔を見せてやった。  勇人は恐怖から顔を引攣らせ、「許して」と言わんばかりに首をふるふると振った。 「もう遅せえーんだよ」  簀巻きにした勇人を担ぐ。  ぎゃーぎゃー騒ぐのを無視し、窓のところまで運んだ。 「嘘でしょ⁉︎ ねえっ、嘘だよねっ⁉︎」 「今までのが全部嘘に見えたか?」 「マジなのっ⁉︎ マジで殺す気なわけっ⁉︎」  転落防止柵に引っかからないよう下半分だけ窓の外に出す。  ここはマンションの八階だ。眺めも良い方だから、夏の風物詩である花火も見える。まあ、落下したら景色どころじゃないが。 「待て待て待て待てっ‼︎ マジで待って‼︎ 待ってってホントにーッ‼︎」 「うっせえーな。お前も男なら覚悟決めろよ」 「いっ、嫌だっ‼︎ 死にたくないっ‼︎ ていうかっ、なんで殺されるんだよーっ‼︎ 椿ちゃんの汗とピンク乳首が舐めたいって言っただけじゃーんっ‼︎ 舐めさせてくれてもいいじゃーんっ‼︎」  この期に及んでもまだ欲望が勝るようだ。  怒りを通り越して呆れ返り、深い溜息をついた。 「ったく……お前らみたいなゲス野郎は、本当になーんも分かってねえんだよな」 「うっわあああっ‼︎ マジで落ちるってええっ‼︎」  少し力を緩めただけで、簀巻きの体はずり落ちる。今はちょっと支えているだけだ。勇人もそれが分かるのか、暑さとは違う汗を大量にかいていた。  俺は眩しい日差しに目を細める。こんな強い日差し中を歩くのは酷だなあ……と、しみじみ思った。 「勇人、最後だから教えてやるよ。俺はな、椿を守る為なら何でもやれる。それが、人殺しになったとしても……な」  そして、手を離した。  簀巻きにされた勇人の体はあっという間に落ちていった。  最期は叫ぶ暇もなかったようだ。何とも呆気ない。 「それに……親友に手を出すような(やつ)だったら、俺は殺さなくちゃなんねーだろ?」  ふっと笑って窓を閉めた。  それから少し遅れて部屋の扉が開かれた。 「はーい、お待たせー。言ってた氷と、ジュースも持ってきたよー」  椿はお盆を持って現れた。俺に言われた氷はガラスの容器に入れ、コンビニで買ったジュースは氷を入れてコップに移したようだ。 「あれ? 上野くんは?」 「……さっき、帰った」 「せっかく用意したのにー」と、椿が少し不満げに一人分減ったコップを壁際のミニテーブルに置いた。 「喉渇いたでしょ?」 「いや、それより氷をくれないか?」  差し出したコップを下げさせ、代わりに氷を要求した。椿はコップを置いて、言われた通りに氷の入ったガラスの容器を差し出した。 「氷なんてどうするの?」  容器から氷を一つ取る。既に溶け始めており、持った途端に水が垂れ落ちていった。 「こうするんだよ」  椿の白い腕を掴んだ。そして、氷をすーっと滑らせた。 「冷たーいっ‼︎」と椿が叫んだが、構わず表から裏まで氷を滑らせる。 「な、流……何してるの?」 「見りゃあ分かんだろ。冷やしてんだよ」  椿は冷たさにビクッと何度も腕を震わせた。  暑さとは真反対の冷たい刺激によって、白い頬が紅潮していくのをじっと見詰めた。 「あ、あの……だ、だいじょうぶ……だから……」 「すぐに焼けるのにな……我儘言って悪かった」  白い腕からぽたりぽたりと水が垂れ落ち、床にいくつものシミを作っていく。  それを見ていると、心が落ち着いていくのを感じた。 「そんなに気を遣わなくても大丈夫だよ。それより、床が汚れちゃう……」 「俺が気にするんだよ。床なんて拭きゃいいだけだろ」  椿は困った様に笑った。でもそれは一瞬だけで、表情を柔らかなものにして、氷を滑らせる俺の手を握った。 「流、ありがとう。優しいんだね」  そう信じて疑わない目をして、この世の何よりも美しい微笑みを浮かべた。  俺は眩しさに目を細めるように見詰めた後、ふっと笑ってみせた。
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