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第1話 -1

 顔も見たことがない実の父親は、どこぞのヤクザの鉄砲玉らしかった。  組のために命を捧げるなんて言って、本当に死んでしまった馬鹿な奴。  功績が残るわけでもなく名前だってすぐに忘れられ、惚れた女も他の男に取られてしまう悲惨な人生。たった二十かそこらで潰えた人生、自分だったら死んでも死にきれない。  ……まあ、そうやって自分の意思の元誰かのために死ねた、というのだけは少しだけ羨ましい気もするが。  自分は、育ての父のために生きていて、育ての父の赦しがなければ死ぬことさえもできないから。  九条悟志(くじょうさとし)は外の世界を自由に歩くことができない。学校という外部からの手が入りにくい場は別として、自由にできるのは実家である九条組の敷地内だけ。近所のコンビニに行くだけで護衛がつくような生活だ。  それを鬱陶しいと思ったことはこれまで一度たりともなかった。護衛とはいえ喋らず行動を制限するわけでもなく、外にいる時はただ空気のような存在でしかなかったから。常につきまとう護衛がいる所為で人は遠巻きになり、友人なんてものは一人もできなかったが、煩わしい人間関係に悩まされることもなかったのでそれはそれで助かってもいた。  明らかに堅気ではない人物を常に侍らせていた所為で、不良と呼ばれているのも知っている。別に暴力は好きではないが、それを否定したところで信じてもらえるとも思っていないから否定もしないでおいた。  それでも、24時間365日ずっと誰かの監視の目が光っている状況というものは、少し息が詰まってしまう。  学校が終わり、放課後はいつも正門に護衛が待ち構えている。毎日大人しく従っているために行動を警戒されていないことを利用し、今日は裏門からこっそりと逃げ出した。  ゲームセンターでもショッピングモールでも、図書館だっていい。とにかく監視の目がなくなる空間を求め、数年振りとなる逃亡を図ったのだ。  GPS機能がついている携帯は電源を落としているし、その他の発信機となるようなものは全て学校に置いてきている。養父からの誕生日プレゼントである何処ぞのブランドの時計もまとめてロッカーに投げ込んできたから、時間を確認する術すらない。  時計なんて確認するほど外を出歩きたいわけじゃないから別にいい。十分だけでいい、一人になりたいだけだ。  どうせすぐバレて連れ戻されるのだ、これくらい許されてもいいだろう?  背後から次々に自転車通学の生徒が悟志のことを追い抜いていく。それさえも普段なら見られない光景。一瞬でも見えた非日常に、詰まっていた息がふっと抜けていった。

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