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第1話 -5
悟志からは何も言葉をかけない。無言でいるのは嫌なのか、光が声をかけた。
「さとのお母さん、元気?」
「知らない。もう何か月も会ってない」
実の父親が死んですぐにその組の頭である育ての父親と籍を入れたあの女は、育ての父親から十分すぎる金を貰い旅行だと母国に帰っていた。もう何か月も前の話で、未だに連絡のひとつもない。まあ、護衛として何人か問題なく出国できる奴等を同行させたようだから逃げ出したわけではないようだけれど。
悟志の言葉に地雷を踏んだと思ったのか、光はじゃあと話題を変える。
「普通科って今何の授業してんの? 俺らと一緒なのかな」
「授業中は寝てるから知らない」
「いっけないんだー。駄目だよ授業はちゃんと受けないと」
仕方ないだろう、夜は眠れない理由がある。
悟志はくあ、と小さく欠伸を漏らしまたカフェモカを一口飲んだ。
「眠いの?」
「少し。……お前の方は」
「うん?」
「仕事。……大丈夫なのか」
「あー、うん。大丈夫」
職業柄、常に人の視線がつきまとう。だからこそこんなところでないと聞けないことだ。
この間は一日署長をしただとか、クラスの女子が騒いでいた。人気アイドルになるとそういうこともあるのかと受け流していたが、本当に自分と住む世界が違う人間なのだなと思い出す。
「一日署長のご感想は?」
「もう二週間も前じゃん。ふふ、パレードするくらいであんまりかな。さとのこと逮捕していいならもっと楽しかったのに」
「悪いこと、何もしてないけど」
「俺に自分から連絡とらなかった罪で逮捕ですー。ほら、手出して」
そんなくだらない言葉にも、従ってしまうのは相手が光だから。
両腕を出してやれば、光は手首を掴み持ち上げた。
「でもさとは優しいからしゃくほーです。次からはちゃんと連絡してね」
「……考えとく」
顔の横に持ち上げられた手で、光の頬をむにゅりと掴む。そのまま解すように引っ張れば、擽ったいと光は手を離し逃げてしまった。
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