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第2話 -2

 髪を洗ってもらった後は自分で身体を洗う。その間はまた市倉は脱衣所に。一度背中を流してくれと頼んだがそれはしないと拒否をされた。頭はまだしも、肌に触れるのは父に知られたら許されないからだろう。  別に子供と変わらないんだから誰も気にしないのに。こびりついたあの男の体液を拭うように洗い流し、漸く綺麗になってからヒノキでできた浴槽に入る。  初めこそ抵抗していたが、すればするほど殴られる。一度脳が揺れたと錯覚するほど強く蹴り飛ばされ、それ以来抵抗することをやめてしまった。  黙って受け入れていればすぐに終わるのだから、目を閉じて秒針の音を聞いていればいい。興奮した声なんてものはその気になれば意識から遮断できる。年を取ってからは体力も落ちたのか行為自体の時間も短くなった。このまま老いて、求められなくなればいいのだがそれは厳しいらしいと性犯罪で捕まった老人のニュースで知った。  大人しくしていれば毎月小遣いももらえ、衣食住も保障されている。もし父が逮捕されるようなことがあればその時に虐待を受けていたと訴え出て縁を切るようにすればいい。別にその時に他者から奇異の目で見られても構わない。ただでさえ畏怖の目で見られているのだ、視線の種類が変わるだけ。  父が捕まるか死ぬかしない限りは日常が変わることはない。だから一時的な夢は見ても、此処から永久に開放されるなんて夢は見ない。  口の中が気持ち悪い。悟志はまた市倉を呼んだ。 「市倉、歯磨き」 「……本当に、甘えたですね」 「いいだろ、これくらい」  悟志が年相応、むしろもっと幼くなれるのは此処でだけ。市倉は少し呆れたように歯ブラシに歯磨き粉をつけた状態でまた入って来る。浴槽に浸かったままの悟志の前に膝をつけて座ると、その顎を指で掬い上げ歯ブラシを差し出した。  首から下に触ること以外は何でもしてくれる。優しい動きで歯を磨かれながら、悟志はじっと市倉の顔を見上げる。今は確か41だったか。それにしては少し老けている。迷惑をかけていることは自覚していても、それをやめはしない。

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