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第2話 -4
これ以上続けても市倉を怒らせるだけだ。大人しく風呂から上がると、濡れた服はそのままに悟志の頭にバスタオルをかけてきた。
「家に戻ってるか?」
「何かあるといけないので、坊ちゃんを部屋まで送って行きます」
「家の中でまで何かあってたまるか」
とはいえ、何もないとは言い切れないのがこの世界の悲しい現実だ。
市倉は悟志を黙らせるためか少しばかり乱暴に髪を拭う。バスタオル越しなら構わないのか、白い肌に滴る水滴を拭い、一糸纏わぬ姿にも慣れた様子で身体に残る痕を確認した。
「あの人も、息子だってのに無理をなさる」
「息子だなんて思われたこともないだろ。俺だってあの人のことは親父だと思ってもいない」
「外で言わないでくださいよ、俺が入れ知恵したと思われたら」
「首が飛ぶんだろ、言わない」
「こら、抱きつくな。拭いたのにまた濡れるでしょうが」
何も思われていないからこそ何でもできる。市倉の首に腕を回し抱きつけば、呆れたように怒られる。
昔から父親と寝ているからか、他人との適切な距離感がわからない。一度本気で諭されたこともあるが、言うことを聞かないでいたら何も言われなくなった。
勿論光や同級生達にこんなことはしない。市倉にだけだ。それを市倉もわかっているからきつくは言わない。
悟志は、抱きつくのをやめないまま市倉の肩口に額を押し付ける。父にするのとは違い、現実を知りたいから。
「お前は、俺とあんなことしたいなんて言わないもんな?」
「……言うわけないでしょう。寝小便垂れてた頃から知ってるクソガキ相手に誰がセックスしたいなんて思うかよ」
「なら、いいんだ」
絶対に市倉はしたいなんて言わない。今だって身体を密着させていても何ともない。
悟志は時々こうして確認行為をする。信頼できる大人が、信頼できなくならないように。いつまでも変わらないでいてもらうために。ある日突然自分を襲った父のように変えさせないために。
わざと子供じみた行動を繰り返し、呆れさせるのもそれの所為。大人になったと思われたら、父と同じことをされるかもしれない。その恐怖から逃げるため。
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