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第2話 -11
「伊野波」
「うん?」
「海外文学は何も読んだことがないんだが、これはどの国のものから読めばいいんだ」
「……え、何も?」
悟志がお勧めがないかを聞いたことにも、海外文学を読んだことがないことにも驚いた時雨は目を丸くした。それにこくりと頷き、手に持っている童話集を見せる。
「これも初めて見た。話として知っているものがないわけじゃない、ただ読んだことはないからどれから読めばいいかわからない」
「ううん……ちょっと待って、流石にそんな人初めてだ。どの国からか……」
確かに、読んだことがない人間なんてそうそういないだろう。悟志の言葉に時雨は本気で悩んでしまったようだ。初めの無遠慮で不躾で失礼な態度はただの一面なのだろう、自分のような者の質問に真摯に向き合おうとするのは好感が持てた。
迷いながらも一冊、一冊と数冊を抜き取り選んだそれを、時雨は全て悟志に手渡した。
「どの国からって言われても、海外のって翻訳者にもよるから好み分かれるものが多いし。とりあえずこれは全部俺の好きなもので、無難なやつ。ファンタジーとか平気だった?」
「平気かどうかもよくわからない。これと全部系統は同じか?」
「いや、これはミステリーでこれはSF。冒険小説もあるし、国だってバラバラ」
「……成程」
「もし気に入ったら言ってくれれば他にもお勧め教えるよ。お前教室じゃ話しかけられるの嫌そうだし、連絡先教えてよ」
「少し待ってくれ」
携帯を取り出しそうとした時雨に、今は持っていないからと止める。
まずは本を市倉に渡しに行き、バッグから取り出さなければ。
取りに行くと言い歩き出した悟志の後ろに時雨は大人しくついてくる。ついて来るなとも言えず、悟志はそのまま市倉の元へと戻った。
「市倉、本」
「持ちますよ。ご学友ですか?」
「違う、ただの同級生だ。俺の携帯は」
「バッグならこちらに」
市倉は足を組みファッション雑誌を読んでいた。それだけで絵になる男だ。少し妬ましく思いながら呼びかければすぐに雑誌を置き、立ち上がり悟志の持っていた本を預かる。バッグを漁ることもせずにそのまま手渡され、悟志は携帯を取り出し時雨を振り返った。
「このアプリでいいのか?」
「それそれ。……家の人?」
「護衛」
その一言で、時雨は少し怯んでしまったようだ。悟志と時雨は住む世界がまるで違う。そのわかりやすい証明。
時雨の名前が、SNSに三人目の連絡先として登録された。悟志はそれを眺め、市倉に画面を見せる。
「お前はこれやってるのか?」
「やってますけど、坊ちゃんとは必要以上に関わってないことになってるので教えられません」
「……ケチだな。伊野波、助かった。帰ったら読んでみる」
「うん、じゃあ俺これから用事あるから」
時雨は携帯をポケットに滑り込ませ、選んでいた本を片手に去っていく。それを見送り、悟志は市倉に視線を向けた。
「心配していたのは振りだけか。お前、流行に興味あるんだな」
「振りじゃないですよ、これはポーズです。まぁ年中スーツですからね、私服なんて平気で何年も前のばかりになるんで、一応坊ちゃんや若いのにダサいとか言われないように勉強も兼ねて。……坊ちゃん、この本なんですが」
「同級生にお勧めされた本だから読む。俺の交友関係を邪魔するわけじゃないだろうな?」
「……いえ、滅相もない」
他者から勧められたとあれば市倉も無下にはできまい。その予想が当たったようだ。
教本を含め、図書館で借りられる本の上限に達した。家に帰るのはまだでも、車内で読めばいい。
携帯の画面を見ると、まだ昼には少し早い。空いている椅子も市倉が座っていた椅子しかない、車内に戻りそちらで本を読むことにした。
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