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第2話 -12
光は除き、同世代とまともに会話したのなんて何か月ぶりだろうか。事務的な返答しかしない日常とは違い、ごく普通に会話ができたと思う。
雨はまだ降っていないようで、車内に戻り本を読み始める。読書中はあまり邪魔をされたくない。それを市倉もわかっていて、何も言わずにまた缶コーヒーの蓋を開け運転席で寛いでいた。
「そういえば、前にこの近くで売人出たって聞いたんだがあれどうなったんだ」
「嗚呼、あれですか。うちのシマで暴れられちゃ困るんで焼き入れるはずだったんですけど、ポンプ持ってるところにバンカケ喰らってそのままです。何処で聞いたんです?」
「若いのが言ってた」
「そういう話は聞かなくていいんですよ、聞き流してください」
こんな家に生まれたんだ、今更だろうに。
市倉は以前から、異様なまでに悟志が家業に興味を示すことを嫌がる。それの延長線上で暴力などに触れることも嫌なようで、小説の過激表現にまで口を出すのはその所為だ。
今更普通の家に生まれ直すことも、この世界から離れることだってできやしない。それは後継者が自分だと父が公に口にした5年前から決まっていることで、覆ることはない。
それなのに、せめて学生の間は普通でいるようにと市倉は決して触れさせようとしない。
自分だって、今の悟志と同じくらいの年頃にこの世界に入ってきた癖に。
悟志がまた黙って読書を再開すると、市倉は一言断り煙草を吸いに出た。悟志の目の前では煙草を吸うことも、宴会の席で酒を飲むことすらもしない。真面目というか、何というか。
そんなことを考えながら童話集に目を通していると、携帯が鳴った。誰からだと確認すると、それは今しがた連絡先を交換したばかりの同級生。
『学校で話しかけていい?』
『嫌だ』
話しかけられたくないから連絡先を交換したのに、なんだこいつは。すぐさま返答し、放置しようと置いたところでまた通知音。
『悟志って呼んでいい?』
『呼ぶな』
なんだ、こいつは。
距離の詰め方がどうにも苦手だ。もう次の通知音からは無視をしよう。
携帯をミュートに設定し、バッグに放り込むと読書を再開した。
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