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第3話 -6

 光に見られてしまうのは時雨としても不都合があるようで、散々悟志のことを乱れさせてから離れた。コーヒー牛乳を飲みながら菓子パンを取り出し何事もなかったかのように食べ始める。もう触れられないのならと、悟志はまた呼吸を整えた。  漸く動くようになった身体も少しすれば熱が冷めてくる。顎を伝う唾液を拭い、時雨から距離をとった。 「俺がお前の兄に危害を加えるとは思わないのか」 「進んでヤクザになった馬鹿がどうなろうと俺には関係ないから。ちなみに拒否してもいいけど、九条が父親に毎日レイプされてるって話知ってるの、今のところは俺だけだよ」 「……脅迫か」 「そんな怖いことしないよ。ただ、俺ってお喋りだからさ。黙らせたいなら塞がないとね?」 「……図書館で会った時無視しておくべきだったか」 「俺としては運命かなって思ったけど」  こんな運命あってたまるか。馬鹿げた脅迫を受け入れなくてはいけない現実に、悟志は頭を悩ませる。こんな奴だなんて知っていたら関わろうと思わなかったのに。童話集を持っていたのを見られただけで、そこから話を発展させて変な噂を立てられてはと思ったのも原因のひとつではあるが、あの時何も考えずに無視をしていれば避けられたはずなのに。  小さな体には不釣り合いな大きさの弁当箱を抱えて戻ってきた光を壁にするように座らせ、時雨とは視線も合わせない。そもそも光には人見知りだと思われているから怪しまれることはなく、二人が会話しているのを聞きながら食事を終え、読書を再開する。  時雨に選んでもらった本。正直読みたくないが、読みもしないで遠ざけるのは本の関係者に失礼だ。見られているのもわかるがそれは無視し、読み進めていった。  それが気に入らないのは光の方だ。折角一緒にいるのに興味がないとばかりに本を読んでいる悟志のことを覗き込み、膝の上に座り妨害する。 「さと、構ってー」 「一年分話した」 「どうせまた何か月も無視してくるでしょ。補給させてよー」  持っている本なんて関係ない。光は悟志に抱きつき頭をぐりぐりと押し付ける。数か月ずっと会話すらしなかった所為で、甘え方が以前よりも激しくなっているようだ。  構い倒せば満足するはず。悟志は本を置き、犬をあやすように髪がぐしゃぐしゃになることも厭わず撫でまわした。  女子のような高い声でけらけらと笑うそれはもっとだと益々抱きついて来る。好きな相手に懐かれているのは正直悪い気はしない。時雨以外誰も見ていないのだからいいか。悟志は光を押しのけることもせず、撫でまわし続けた。

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