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第4話 -3

「昔は一緒に入っただろ」  幼稚園の頃の話を持ち出し、命令と言われても未だ渋る市倉を詰るような声色で責め立てる。子供らしいそれに、市倉は逡巡した後態とらしく大きな溜息を吐いた。 「何か聞かれたら坊ちゃんが幼児返りしたって言いますからね」 「別にいい。早く」  躊躇う理由もわかる。昔と今は違うと、自分が一番知っている。  何も知らずに実の父親だと信じあの男を慕っていた時期と、あの男に躾けられあれの寝子なのだと骨の髄まで染み込んでいる今が同じなわけがない。  それでも、一度誰かに愛されてしまった頭も身体も、もうおかしくなり始めていた。  腰にタオルを巻き、市倉は渋い顔のまま入ってきた。ちゃんと洗ってから入ってこいと告げれば大人しくバスチェアに座る。頭から湯を浴びるその背中にはくっきりと唐獅子牡丹の模様。ワイシャツの上からでなく、こうして直接見るのは何年振りだろうか。 「俺は牡丹になれてるか?」 「どちらかというと、あんたは獅子ですよ。あんなに可愛い子猫だったのに、今じゃ化け猫だ」 「馬鹿にしてるだろ」 「してませんよ、冗談です」  乱雑に髪を洗うのも変わっていない。飛んできた泡は肌を伝い浴槽に溶けていく。  シャワーで泡を流し、次は体かと手を伸ばしたところで悟志は浴槽から上がった。 「俺がやる」 「駄目です、浸かっててください」 「やる。いいだろ」  膝をつき後ろに座り、刺青に触れる。両手はそのまま脇腹から前へと移動し、腹筋を撫でた。 「すごいな」 「……坊ちゃん、駄目ですよ」 「聞かない」  その触れ方が、ぎこちない動きながらも子供が保護者に対してするそれではないことになんてすぐ気付く。タオルで覆われているあらぬところに指が伸び、市倉はそれを掴んで止めた。 「駄目です」 「……俺のこと、好きっていつも言ってるだろ」 「あんたは俺の子供みたいなもんだからです」 「実の親だって俺を抱いてる」 「義理でしょう。それ以上触るなら俺はもう出ます」 「嫌だ、市倉、嫌だ」  保護者としてでもいい。好きだと言うなら触れてほしい。父とは違ってずっと一緒にいてもまだ一度も肌に触れてきたことはない。  愛されていると思いたい。  床が滑る浴槽では乱暴に振り払えない。それを利用し、悟志は振り向き押し戻そうとしていた市倉の腕を掴み唇に噛み付いた。 「家族愛の延長でいい。あの人と違うって、ちゃんとわかりたいから」  触れないことが市倉の悟志への愛情だとわかっていて、悟志はその身体に触れた。

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