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第17話 -4
「あの、光くんですか?」
人通りの激しい通りに面するカフェでは若者も多い。すぐに帰るのもと思い其処で学校の提出用課題をこなしていると、1人の女性が話しかけてきた。
大学生だろうか。見るからに年上のその女性は連れの女性を背後に待たせ、光のことを覗き込んでいる。声優の中でもメディア露出が多い光のことを知っていたのだろうが、マスクもしていたのにバレるなんて。
無視したらSNSで拡散され炎上してしまう。光はマスクを外し、和かに応対する。
「そうです」
「やっぱり! ファンなんです、握手してもらえますか?」
「もちろん。鞄についてるのルカのキーホルダーだよね、有難うございます」
黒い鞄についていた赤いキーホルダーについて言えば、女性は感激したように何度も頷いて光の右手を両手で掴んでくる。自分が演じたキャラクターのファンか。笑みを絶やさないまま、それでも騒がれたくはないからと程々に終わらせようとするが、女性は興奮したのか手を離してくれなかった。
「そっちのお友達も声優さんとか好きなんですか?」
「あ、いや、私は声の方は」
「そっかー、残念」
「光くん、今日お仕事だったんですか?」
「うん。あと少ししたら行かなきゃいけないから、此処で勉強してたんですよ」
もう次の仕事はなく帰るだけだが、ないなんて言えば粘られるかもしれない。隣の席に座っていた休憩中であろうサラリーマンの煩わしそうな視線が痛い。光がそう言えば、女性はやっと手を離してくれた。
「応援してます、頑張ってください」
「有難うございます」
適度に敬語を崩して話せば、距離が近いと錯覚して応援してくれやすくなる。色を見せる営業なんてことはしていないけれど、あちらが勝手にしてくれるのであればと積極的にファンには接していた。
写真集などの会場以外でも握手の対応はする。こうして街中で会えば握手くらいならしてしまうから、握手会はしない。そこの線引きはきちんとしている。
女性達が名残惜しそうに店を出ると、すぐに荷物を纏め追いかけられはしないように外に出る。自分の人気具合はわかっている。SNSで発信されたら困ったことになってしまうから。
店を出て、あてもなく歩きながら悟志に電話をかけてみる。自分の声はよく通るけれど、流石に電話をしていたら話しかけられはしないだろう。
コール音が途切れる。それと聞こえてきた、聞き慣れた声。
「もしもし」
「さと」
「さっき、会えないって送ってもらったはずだけどな」
「文字だけじゃ、無事ってわかんないでしょ」
「……それもそうか。元気だから切ってもいいか」
「駄目に決まってんじゃん」
冷めた声に安堵する。
いつも通りの様子に、憔悴した様子も感じられない。元気でいるならそれでいいが、声を聞いたら益々会いたくなってしまった。
「何処にいるか、教えられる?」
「駄目だな。常に行動を見張られてるから、来れても外に出られなくなる」
「仕事行けなくなっちゃうから駄目だなあ。残念」
今すぐ電車に飛び乗って会いに行きたかったのに。
光のあからさまに落ち込んだ声色に、悟志は弱ってしまったようだった。
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