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第1話:運命とは

*** この世のすべてが嫌いだ。 何もかも。 僕を産んだ父親も、僕を育ててくれた乳母も。 僕は生まれながらのΩ(オメガ)。 この世界で最も生きにくいとされている種の生き物。 この地球にはα(アルファ)β(ベータ)Ω(オメガ)と三種の人種に分けられている。 どうして僕が、最もパーセンテージの低い人種に生まれなければならなかったのか。 何度も何度も考えた。 それでも運命には抗う事なんてできなくて、僕はΩであることをひた隠して生きてきた。 発情期(ヒート)が来たのは中学生に入って少ししてからの夏だった。 あれはひどい暑さの時で、自分が分からなくなるくらい狂い続けた。 止まらない性欲に誰でもいいから何とかしてくれと思う気持ち。 こんなもの一生訪れてくれるなと思った。 抑制剤と言うものを手渡されたのは発情期(ヒート)が終わった数か月後だった。 僕の場合一度発情してしまうと、抑制剤を飲んでも効果がなかった、僕は特別なのだと父親は言った。 こんなに長く続く発情期はないと言われ、抑制剤も通常のものとは違う少し強めのものを飲んでいる。故に発情期が訪れる時は特にαやβの存在が大変危険であるという事を呪文のように頭に叩き込まれた。 そして月日は流れ、僕も高校受験をする年になった。 Ωである僕はΩと言う事を隠して、普通のクラスに潜り込んでいる。 Ωであることがばれてしまえば、Ωだけがいるクラスに隔離され、普通の勉強が出来なくなってしまう。 だからいつも飲む抑制剤より更に強い抑制剤を飲まなくてはならない。 必死になった。 必死になって勉強して、隠して明るく振舞った。 華奢な体を隠して大きめな服を着た。 「わっ。あれ獣人?あれは何?狼?気持ち悪い。」 誰かが窓の外を指さしながら汚いものを見るような眼差しで言っている。 この世界には、三種類の人種の他にももう一つ人種がある。 それが獣人だ。 獣人たちは体つきや顔つきが人とは違い、その大概の獣人たちは動物の顔をしている。 そしてそれぞれ獣人たちの間で交わされている言葉がある。 それは僕たち人間には理解する事は出来ない。 日本語、獣人語。 この国では二種類の言葉が交わされている。 そしてどの学校でも今は獣人クラスももちろんあるがそこでもα、βは特別扱い。 彼らもまた生きにくい世界にいるのだった。 「タケト。お前何処の高校に進学したいんだよ。」 クラス替えで仲良くなった、βの友人。 僕の事をΩだとは思いも知らず、人懐っこい笑顔で近づいて来た。 僕はそんな彼の事も信用はしていない。 いつ何時心境の変化が起きるかわからない。そんな人間の下衆さを父親から嫌というほど聞かされて育つと、僕みたいなひねくれた人間が出来上がる。 でもそれも表に出してはならない。 僕は作った笑顔で「僕は、フランソワ大学付属高校に行こうかなって。」適当に言ったわけではない。 その高校に行けば、語学の勉強を専門にでき、獣人語専門のクラスがあると高校のパンフレットで見た。 「フランソワ大学付属高校って、あそこエレベーター式の学校だろ?よそから入学なんて出来るのかよ。」 「調べてもらったら、途中からでも入学は出来るらしい。でも、募集枠はホントに狭いらしいけどね。」 あの高校に入るために必死になって勉強してきた。 学校で常に上位の成績を納め、苦手な運動も必死になってやった。 他の本物のαに負けたくない。Ωだってやれば出来るんだ。 その努力はすべてフランソワ大学付属高校へ行くためだ。 何が何でも入ってやる。 心の声が漏れていなかったか心配になりながら、友人の顔色を窺った。 「タケトは勉強熱心だったからなぁ。きっと志望校に行けるよ。」 「そういう君はどうするんだ?」 「俺?俺は…別にαでもないしな。ただの平平凡凡な、βが行くところは決まってる。」そう言って机の上に置いたパンフレットはごくごく普通の高校だった。 見向きもしなかった高校のパンフレットを見た僕の反応を見て友人は「天才と一緒にしてもらっちゃ困るからな!」と冗談交じりに言った。 「ごめん。てっきり『俺も、タケトと一緒の高校目指そうかな』とか言ってくれるのかと思ったから。」 拍子抜けしたのは友人の方だった。 レベルが高いフランソワ大学付属高校に一緒に行けるとは思っていないが、少しばかりの期待をしていた。 「や、あの高校は俺には無理だわ……。勉強今から頑張ってもなぁ。」 「…冗談だし。一緒に行けるとは思ってないから。」 冷静さを取り戻し、いつものトーンで話すと友人は苦笑いを浮かべながら僕の肩を叩いて来た。 「学校変わっても連絡取り合おうぜ!?」 それは……たぶんない。 上っ面だけの付き合いだってわかってるから。 でもそう言ってくれる友人に薄っすら浮かべた笑顔で返しておいた。 そんな会話を遮るように、廊下から悲鳴めいた声が聞こえて教室がざわつき始めた。 「どうした?何があった。」 教員が、廊下に顔を出すと"う″っ"と嗚咽を漏らした。 「なんでΩがこの棟にいるんだ!?」 その声に敏感に反応してしまった僕は目をひん剥いて廊下の方へ向かった。 廊下には狂ったようにΩを探し求め歩いているαの姿が見えた。 「まじかよ……。」ボヤキは誰の耳にも届いていない。 フルマラソンを走っているマラソン選手くらいの心臓の脈打ち方に思わず左胸に手を置いた。 教員は急いで扉を閉めた。 教室はある程度Ωが発するフェロモンを遮断できる。 何回かに一度こういった事件が起きるらしく、学校側も対策を色々としているようだ。 「いいか。収まるまで教室で待機だ。全く人騒がせなΩだ。これだからΩは……。」 その先を聞きたくなかった。 耳をふさぎ目を閉じた。 ようやく事がおさまり、校内放送で安全が確認できたと言われた。 原因究明のため午後の授業はなくなり帰宅する事になった。 友人とは途中で別れ僕はフランソワ大学付属高校へ行ってみることにした。 電車に乗って二駅。 そこからさらに徒歩で20分。 正面には銀杏並木がありその先に大きな建物が見えてきた。 大きな鉄の門の向こうには獣人や、人間が入り乱れ砂埃を上げてスポーツをしている。 無意識のうちに鉄の門に手を置いて、中を食い入るように眺めてしまっていると背後から突然声をかけられた。 「ひっ。」 小さく声を上げ振り返ると、長身な生徒が小首をかしげてタケトを見ていた。 その容姿は美しく、一見したら女性と見間違えてしまいそうなほど白い肌に、蒼い瞳。 だが、体つきはがっちりとしている。 「この学校に用事でも?君は……まだ中学生かな?」 学ラン姿のタケトを足の先から頭の上まで舐めるように見る生徒。 「あ、え、えっと……。こ、この学校をじゅ、受験したくて……。」口ごもりながらもそういうと、生徒はハッとした表情を見せ「君、この学校に入りたいのかい!?いや、でも受験となると大変なんじゃ……。」 「大変でも何としても受かります!僕にはやるべき事があるので。」 僕の凛とした表情を見た生徒は姿勢を正し「君が入学してきてくれることを待っているよ。」そう言って白い節くれた手を前に差し出してきた。 「俺の名前はノアル(・・・)だ。」 「ぼ、僕は、タケト……。」 「タケト。しっかりと記憶した。俺はまだ二年だから来年君が合格していれば何処かで会えるな。」 握手を交わした手は分厚く見た目とは裏腹で、満面な笑みを浮かべていた。
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