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第2話:浮つく気持ち

*** 春の風心地よい四月。 桜も程よく咲き、少し動けば汗ばむくらいの陽気。 ワイシャツにダークグリーンの学年色のネクタイを締め、紺色のベストを着た上に紺色のブレザーに袖を通す。 今日、この日のために人生初の美容院に行き、前髪で隠れていた目をおでこを出しさっぱりとさわやかな印象で姿見の前に立つ。 「よし。」 頬を両手で叩き気合を入れ姿見から離れた。 「父さん…行ってくる。」 棚の上に置かれている小さな写真立てに向かい人差し指でそれをなぞりがら玄関に向かう。 父親は何も言ってはくれない。 ただ、そこに残っている笑顔だけを僕の背中に向けていた。 今日から僕は高校生。 まだパリパリにノリの効いたワイシャツにブレザー、硬いローファー。 それもいつしかなじんでくれるだろう。 家からすぐのバス停でバスを待つこと数分。 バスに揺られて30分。駅について二駅目で降り、緑生い茂る銀杏並木を力強く歩く。 目の前に見えてきてのは、大きな鉄の門と大きな建物が二つ、視線を奥にやると薄黒い建物が一つ。 ここはフランソワ大学付属高校。 僕は、何とか合格する事が出来た。 受験シーズンに入り、しばらくしてから不運にも父親が倒れそのまま他界した。 同時に発情期(ヒート)も来た。前回来てからまだ間もない。周期が乱れている。 受験のストレスからだろうと医師は言った。 今飲んでる抑制剤の他に追加で飲まされ何とか回避する事は出来たけど、父親が帰って来る事は無かった。 「父さんに見せたかったな。」 講堂の前には新入生がずらりと並んで何やら待っている様子。 その誰もが隣に当たり前のように家族の誰かがいる。 一人なのは自分だけ。家族がいないのだから仕方のない事だとは頭で理解していても、現実を突きつけられてしまうと羨ましいと思わない方がおかしい。 そんな感傷に浸っていると拡声器を持った生徒が講堂の入り口の前に立ち声を上げた。 キーンっと音を立てながら拡声器から聞こえてくる声に多くの新入生が話をするのをやめ耳を傾けた。 「ようこそ。フランソワ大学付属高校へ。狭き門を潜り抜け数々の人を蹴落として選ばれた諸君はこれから理事長の話をこの講堂で聞いてもらいます。案内役の()は生徒会長のノアル(・・・)。見ての通り()は獣人だ。しかし、獣人だからと恐れないでほしい。こうして人間たちの言葉も勉強して話をする事が出来る。ここには()のような獣人たちが隔たりなく生活している。君たちにはその生活にも慣れてもらいたい。その他分からないことがあったらなんでも聞いてください。それでは、講堂を開放します。」 拡声器を使っているからと言って遠くまできちんと声が通るわけでもなく、僕は眉間に皺を寄せたまま微かな声を聞いていた。 ところどころしか理解できないまま、講堂の門は開けられた。 何処かで聞き覚えのある声だと思いながらゆっくりと進んだ。 *** 僕はようやく講堂の中に入る事が出来た。その頃には拡声器を持った生徒会長の姿はなくなっていた。 奥へと進むとその先にはまた黒山の人だかりが出来ている。ヒソヒソト話声が聞こえる方に耳を傾けているとクラス分けが張り出されているようだった。 それなら自分も見に行かないと、と思い、人だかりに飛び込んだ。 ここにいるほとんどの生徒はαかβ。そして頭一つとびぬけているのが獣人たちだ。 ここにΩの姿が見えないのは恐らく奥に見えた薄暗い建物へと案内されているのだろう。 そこで隔離された生活を送ることになる。 表向きΩでも入学可能としている学校は数少ない。この学校も差別をなくすためとアピールを兼ね大々的にΩを受け入れていますと銘打っているが、Ωが普通に学生生活を送るためには性別を届け出に表記しなければならない。 歩いている足が途端に重たくなってきた。自分が今ここに居られるのはそんな性別を偽りβとして登録をしたためで、そんな悪知恵を与えたのは乳母の最後の言葉だった。 『βとして生きなさい。』そんな事言われるまでもない。ばれたら人生は終わるんだ。大丈夫。薬はちゃんと持っている。 ポケットに忍ばせている抑制剤を無意識に握りしめる。 大丈夫……大丈夫……と何度も言い聞かせながら人だかりの中央までやってきた僕は、少し背伸びをしながら張り紙を見た。 クラスは全部で四クラス。 普通科と呼ばれるクラスがニクラス、獣人語科クラスが一クラス、獣人専門科が一クラス。 願書の段階で希望クラスを書くことになっていたため、僕は迷う事無く獣人語科クラスを希望した。 獣人語科の名簿欄に自分の名前を探した。 モリヤマタケト、モリヤマタケト。 自分の名前を呪文のようにもごもご言いながら、上から順番に眺めていくと、下の方でようやく名前を見つける事が出来た。 名前がある事にほっと胸を撫で下ろしていると前方がまた一段と騒がしくなっていることに気が付いた。 獣人の一人が声を上げている。 だが今の僕には彼が何を言っているのか、何を主張しているのか理解する事が出来ない。 僕の周りにいる他の人間たちも同じような眼差しで彼を見つめている。 それプラス獣人が暴れると彼らの怪力により怪我人が出る恐れがあるため、それを怖がる人たちも少なくはない。 「何言ってんのか、さっぱりわかんねぇな。」 隣にいた背の高い男子生徒が僕に話しかけてきた。それに無言で頷いていると「ちょっと通してもらえるかな。」肩を掴まれ後ろに少し引かれた。 体が傾き自然と視線が肩を掴んでいる人物に向けられ僕は見上げながら足を後ろに引いた。 それは美しい白い毛並みで、美しい模様。すらっと伸びた指なのに体つきはしっかりとしている。だがそれを感じさせない優雅な動き。瞳は透き通るようなマリンブルー。 「白虎……。」 ちらりと視線をこちらに向けてきた白虎の獣人は「彼はクラス分けに不満があるようだ。とはいえ、今年のクラス分けはこの学校としても初の試みだからね。さてどう理解してもらおうか…」 「あ、あの……。」 僕は何故かその白虎の獣人に話しかけていた。 「ん?」 「あ、い、いや、その……。」 鼻をスンッとさせた白虎に怯んだ僕は一歩下がった。瞬時に手が伸び腕を握りしめられると「あまり下がると人にぶつかる。」短くそう言ってすぐに腕から手を離した。目を細め僕を見つめる白虎の獣人は自分の使命を思い出すと、くるりと向きを変え騒ぎの輪の中へ入っていった。 妙な胸騒ぎを覚えたのはこの時だった。 ざわつく胸の奥を落ち着かせようとするも、前方に見える白虎の事が気になって仕方ない。 左胸に手を置いて騒がしくなる心臓の音を何とかしようとしても収まる気配がない。暴れる寸前の獣人を宥める声は心地よく、耳にとてもなじむ。 他の人もそうなのかと視線を先ほど声をかけてきた生徒に向ける。 物珍し気に獣人たちの会話を聞いているだけで、誰も目を輝かせている者はいない。 早く獣人語科で獣人語を学びたい。 彼らと彼らの言葉で話をしたい。そう思う気持ちは今まで以上に増していた。

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