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第1話
好きな人に好かれたくない。好きという感情を、自分に向けられたくない。それがおかしなことだと言われたのは何度目だろうか。
仕方ないだろう、好きでいられたくないんだから。『好き』なんていつかは『嫌い』に変わってしまうもの。だから、最初から好かれなかった方がいい。
この考えが理解されないなんて珍しい話でもない。理解だって、別にされたいとも思わない。
本人に否定されたって、変わらない。
佐藤樹 は、何処にでもいる平々凡々な大学生だ。今いるのは友達と呼べるほど仲も良くない相手に数合わせでいいからと誘われて出た合コンで、自分を異質なもののように見ている女子達へと開幕と同時にネタとなりつつある言葉で敵ではないと笑いかける。
「佐藤樹21歳、俺を好きにならない人が好きです! なので、今日は飲みに来ました!」
視界の端にいるアルファの女子から伝わったのだろう自分の本質。男の方にもアルファがいるから、敵だと判断される前に牽制も兼ねての一言。たったその一言で、合コンの空気は少し和らぐように感じた。
樹はオメガだ。医療制度も発達している現代日本において、薬を利用すればそこまでハンデにもならなくなった第3の性。ただアルファとオメガの関係は男女のそれよりも異質で、圧倒的な性別の違いの前ではベータの女性よりオメガの男性の方が、アルファの男性の瞳には魅力的に映る。だからこそ、オメガだからと無条件に好かれる今に辟易している樹から好きにならない人が好きという言葉が出ることによって、合コンに出ても樹自身は『女』の敵ではないという表明になるのだ。
樹自身、アルファにはあまりいい思い出がない。だからこそ、アルファの女性への牽制も兼ねての発言だ。
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