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第5話

「彼女はベータだから、アルファが怖かったら上に行くまでは彼女に送ってもらうといいよ。あのアルファとは知り合い?」 「いや、飲みの席で初めて会った奴です」 「そっか。嫌がってたから間に入ったけどもし恋人だったらどうしようかと思った」 「あんな奴恋人でもなんでもないです。あの、本当に有難うございました」 「いえいえ。そうだ、名前とか聞いても大丈夫?」 「佐藤樹です。樹木の樹って書いて、たつき」 「佐藤くんだね。今度はうちに飲みにおいで、あんなことあったんじゃ気分も良くないだろうし飲み直しに。安くしてあげる」  クーポン券代わりに店の内観の写真が使われたポストカードに樹の名前を書いて渡してくれた。こんな縁もあるのか、ポストカードは眺めたあと鞄にしまい込む。  いい雰囲気なのに客がいないのは何故かと思ったが、今日は定休日だと書いてあった。女性が私服で、獣人がこの時間帯に外に出ていたのもそれが理由。それなのに自分を招き入れてくれたことに、感謝しかない。  タクシーは存外早く来たようで、女性に外まで案内すると言われてしまった。男なのに情けないとも思うが、今日のところは彼らを心配させるわけにもいかず、大人しく外まで送ってもらう。  タクシーは店の前で既に停まっていた。それに乗り込もうとすると女性に腕を掴まれ止められる。なにを、と声を発するより前に、女性は氷のような冷たい声で樹のことを制して来た。 「マスター、人当たりはいいけれど既婚者だから。あの人は狼だから配偶者以外を好きにはならない。絶対に彼はあなたを好きになることはないから、妙な勘違いはしないで」 「……別に、どうとも思ってませんよ。ただ助けてくれただけのいい人ですし」 「……ならいいの、ごめんなさい。じゃあ気をつけて帰って」  別に牽制なんかされなくても、取ったりなんてしないのに。優しくされただけで惚れるようなタイプの人間でもないのだし。  タクシーに乗り、もらった名刺を見返す。バーの名前は『Uboat(ウーボート)』、狼獣人の名前は天見岬生(あまみみさき)。  指先で名前をなぞり、その名前を小さく呟く。  嗚呼、どうしよう。  絶対に好きにならないなんて言われたら、心臓が高鳴って止まらない。

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