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第6話
――Uboatから帰ってからというもの、毎日のようにポストカードを見てしまう。恋する乙女のように指先で彼の筆跡をなぞり、口から零れるのは溜息ばかり。
自分を好きにならない人が好き。ずっと口に出していたそれは呪いのように樹の脳内に刷り込まれ、絶対なんて言われてしまえば反射的に好きになってしまう。だって、自分のことを好きにならないと確約できる人なんて今の今まで1人も見たことがなかったから。友人だった既婚者だって、オメガの気に当てられてか嫁を捨てるとまで言い出した。だからこそ、本人ではなく他人からの忠告に益々好きになられない信憑性が増す。
講義終わりに尾上からの謝罪を受け、お詫びに何処かで飲み直そうと誘われる。それならば、と樹はポストカードを見せた。
「あの時助けてくれた人がやってるバーなんだけど、安くしてくれるらしいし行かね?」
「知り合いって言ってなかった?」
「あー、あれ嘘。ヤバいアルファに絡まれてたからって助けてくれたんだと」
「いい人……!」
感動している尾上にいつ行くか聞けば、今日も暇らしく夕方まで時間を潰してから行くことになった。あのアルファがどうなったか聞けば、二次会のカラオケの店舗前で女性陣からの非難が強かったらしく、泣く泣く帰りそれから連絡もないらしい。ベータの尾上には、自己申告でベータだと言われてしまえばアルファとオメガの違いなんてわからない。そこを悪用され、人が足りないなら樹を誘ってみればと彼から言われたらしかった。
要は、元からオメガ喰いのつもりだったと。初対面だというのに、なんて奴だ。
夕方までゲームセンターで時間を潰し、電車に揺られてUboatまでやって来た。カランとベルがなる扉を開ければ、店内には既に何人も客がいる。カウンターには岬生がおり、樹の顔を見るなりにこやかに手を振って来た。
「いらっしゃい、カウンターも空いてるけどお友達が一緒ならテーブル席の方がいい?」
「いや、カウンターで大丈夫です。いいよな?」
「うん。あ、僕尾上って言います。この間はどうも」
「あんまり羽目外しちゃ駄目だよ、外には悪い大人がいっぱいいるんだから」
カウンターに2人並んで座り、メニューからそれぞれカクテルを注文する。店内は穏やかな雰囲気で、音楽と共にカクテルを作る音が響く。自分以外の客の年齢層はそこそこに高く、自分達は場違いに感じる。それでも樹は気にすることなく、岬生のことをずっと見続けていた。
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