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第9話

 りんごジュースを飲みながら会話をしていると、店の扉が乱暴に開かれる。入ってきたのは泥酔した様子の男で、岬生はにこやかにそれを迎えていた。  嫌な予感がする。この男はアルファだ。それも、身体中に複数のオメガの匂いがこびりついた嫌なタイプ。  匂いだけで察知し、顔を合わせないよう樹はカウンターの向こうにいる女性の手元に目を向け存在感を殺した。そんなもの、岬生と会話していて漏れ出ていたフェロモンの前では意味などないのだが。  フェロモンの匂いを嗅ぎつけたのか、男は下卑た笑みを浮かべながら樹の隣の席に座った。腰の辺りを触りながら、樹に猫撫で声で話しかけて来る。 「お前、オメガだろ。そんなにフェロモン出して誘ってんのか?」  誘っていたとしてもお前じゃない。樹は無視をし続ける。他の客も関わりたくないのかいつもは話しかけてくれるのに何も起きていないとばかりに2人のやり取りを無視している。  止めたのは、やはりマスターで、オーナーでもある岬生だった。 「お客様、ご注文は何になさいますか?」 「ん? 嗚呼、そうだな」  意識が外れた隙に逃げたいが、樹は特等席とばかりに一番奥のカウンター席に座っている。泥酔しているアルファを怒らせるのは面倒臭い、上手く逃げる術もなく、会計しに出れば追いかけてきて何をされるかもわからない。  岬生が何度も話しかけ中断させても男の手も言葉も止まらない。あまりきつく言えないのは一応相手が客だからだろう。此処は自分が耐えればいい、店内で喧嘩などすれば岬生の迷惑になってしまうから。  テーブルの下で拳を作り耐える。店内の空気が冷めきっていることにも気付かないまま、男は樹が無視を続けていることに痺れを切らし強く腕を引いた。 「どうせこの犬っころ目当てなんだろ尻軽、だったら相手してくれたっていいだろ。なあ?」 「……興味ないんで」  初対面の相手によくもまあ尻軽だのなんだの言えるものだ。精一杯の返答でも無視ではなくなったことに余計気が強くなったのか、男はベラベラとどうでもいいことを話し出す。

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