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第10話

「フェロモン垂れ流しておいて興味ないなんて嘘吐くなよ、抱かれたくて仕方ないんだろ?」 「……」 「無視してんじゃねえ、お前らからしたら俺達アルファはご主人様だろうが」  何処の世界の話だ。吐き気を催しそうになりながらも無視をしていると、男は激昂し樹の飲んでいたグラスを手に持つと頭からぶちまける。  冷たいりんごジュースが滴る。その瞬間、出そうになった拳は岬生の腕に当たった。  大きな獣の手が男の顔を掴み上げていた。同じアルファとは言えど、人間と獣人とでは明確な力の差がある。ミシミシと嫌な音が鳴り、牙を剥き出しにし唸るそれはいつもの穏やかな岬生とは明らかに違っていた。  その状態で床に投げ出された男は、情けない声を上げながら岬生を怒鳴りつける。だがそんな言葉など聞きやしないとカウンターから出てくると、岬生は真っ直ぐに樹の元に向かい濡れた髪をおしぼりで拭った。 「ごめん、最初に止めておけばよかった。ちょっと待っててね」 「……はい」 「当店の大事な常連様に手を上げるような方は当店にとってお客様ではありませんので、今すぐお帰りください。お題は結構です、二度と立ち入らないでいただきたい」 「商売やってるなら、客は神様だろ‼︎」 「店側にだってお客様をお選びする権利はありますよ。お帰りください、風俗街は店を出て右手をずっと行った先にありますよ」  絶対に風当たりは強くなるのに、男を引きずるように連れ出しそのまま締め出すように放り投げる。扉を閉めるなり、岬生は駆け足で樹の元へと戻った。 「裏に行こうか、俺の着替えなら貸せるから」 「すみません、迷惑ばっかりかけて」 「どっちも俺と同じアルファの所為であって、たつくんの所為じゃないでしょ。おいで、歩ける?」  他の客などお構いなしに岬生は樹を連れ店の奥、厨房を超えスタッフルームへと入っていく。それについて行きながら、やはり外に出てしまうべきだったと樹はただ後悔した。

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