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第13話

 自分がやったわけでもないのに心配し、謝罪するそれに何も言えなくなってしまう。牙を剥き本能で怒りを露わにした表情に、益々好きになってしまう。  子供をチャイルドシートに座らせ、またすぐに運転席に戻ってしまう。シャワーだけ浴びて帰らせてもらえればそれでいい。樹は隣に座る岬生の子供を眺める。  ぐっすりと眠っているようで、チャイルドシートに移動しても起きる気配は全くない。仔犬の顔は岬生をそのまま幼くしたようなそっくり具合で、母親は人間なのか獣人なのか気になってしまう。  自分からは好きだと言わない。岬生も妻がいるから好きにならない。それが揺らぐことはないのだが、好きな人の家に行くなんて緊張するに決まってる。それも、何の事前準備もなく突然に。  岬生の自宅はタワーマンションの一室だった。バスタオルは頭から被り、まるで逮捕された犯人の気分。エレベーターに乗り、大人しくついていく。  3LDKのマンションの玄関を開けるなり飛び込んできたのは脱ぎ散らかされた玄関の靴に、落書きされ放題の白い壁に、廊下の向こう側に見える散らかった部屋。真っ暗な部屋の電気を点け入って行くそれについて行きながら、自分達以外に人の気配がないことに気がつく。  岬生の妻は眠っているのだろうか?  通されたリビングも中々の荒れ具合。保育園に通う子供がいるのならあるかもしれないが、それにしたって汚れすぎだ。ソファは座る場所がなく、シンクにだって皿が置きっ放し。こんな環境、よく許せるなと思ってしまう。  愚図り出した子供は扉が開けっ放しの和室に敷かれている布団の上に。岬生は部屋の中を見渡している樹に申し訳なさそうに笑う。 「ごめん、お客さん呼べるような家じゃないんだけど急だったから。お風呂案内するね、こっちだよ」 「は、はい」  女物の服も見当たらず、香水や化粧品の匂いもせず、家中が岬生の匂い。大きい背中について行き、風呂場へと案内された。 「今ガスつけてお湯張るから、入っちゃって。ゆっくり身体ポカポカになるまで温まってから出るんだよ」 「あ、あの、奥さんにご挨拶は」  その言葉に、岬生は困ったように笑う。 「実はね、もう随分前から奥さんいないんだ」 「……すみません」 「ううん、いるって言ってた俺が悪いから。お風呂出たらリビングまでおいでね、待ってるから」

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