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第17話

 樹の達観したような言葉に、岬生はその手を掴んだ。 「ちょっと来て」  連れて行かれたのはリビングを通り過ぎ、子供を寝かせているのとは別の和室。そこはリビングとは違い、手入れの行き届いた片付いた部屋。  そして、部屋の奥にあったのはこじんまりとした仏壇。岬生はその前まで樹を連れてくると、りんを鳴らし手を合わせる。 「誰も連れて来ないって言ったけど、ごめんね。連れて来ちゃいました。でもこの子はいい子だから、許してください」 「……あの」 「この子は樹くんです。とってもいい子でね、紫さんと同じオメガの子です。たつくん、俺の奥さんの紫さん。息子に聞かれたらよくない話だから、悪いけど此処で話してもいいかな」 「……はい」  オメガで、結婚していた人。仏壇に飾られた顔写真はとても美人な人間の女性で、とても若く感じる。  岬生に促されその隣に座る。岬生は、その顔写真を手にとり慈しむように指先で撫でた。 「俺と紫さんは、番じゃなかった。結婚してたけど、もし運命の番が見つかったときにもう他の誰かと結ばれていたら、それは皆が悲しくなってしまうから、お互い好きではあったけど番にはならなかった。  蒼夜が産まれて8ヶ月くらいかな。蒼夜を連れて散歩に行った紫さんが戻ってこなくてね。俺は仕事に行かなくちゃいけなかったからメールを送って、今みたいにUboatに行って。  ……帰ってみたら、携帯電話に警察から電話があって。蒼夜を散歩に連れて行った先の公園でアルファに襲われて、そのまま。戻ってきたのは紫さんの持ち物と、紫さんが必死で守ってくれた蒼夜だけ。  確かにたつくんの言う通り、アルファは怖い生き物だ。それは俺自身もよく知ってる。今日のあのお客さんだってたつくんから見ればとても怖かったと思う。でも、アルファが皆そうだとは思わないでほしいなって。何も皆、オメガの頸に噛み付いて、子供を産ませたいわけじゃない。好きならそれだけでいい人もいるから」  例に出せるのは自分しかないけれど、それがアルファの全てではないと諭してくる。  わかっていても、これまで散々誘われ喰われかけた記憶は消えない。今日の男の下卑た笑いだって消えない。だから、そんな優しい声音で話しかけないでほしい。隠したいのに、隠せなくなってしまう。  樹は、岬生に顔を見られないためにも仏壇に向かい頭を下げた。 「今日は、1日だけお邪魔します」  好きならそれだけでいい。そんなアルファ、これまで会ったことがない。  好きでも頸を噛まず、番にならず、相手のことを考えているアルファ、岬生以外に知らない。  それでも彼は絶対に自分を好きにならない。それを知って好きになったのに、胸が苦しい。  彼女が一番大きい存在であり続ける限り、岬生は絶対に自分を好きになってくれない。

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