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第19話

 部屋の扉を開けた状態で、岬生が所在無げに立ち尽くしていた。 「……見て、たんですか」 「名前、呼ばれてたから」  獣人は人間より耳がいい。それは知っていたが、まさか聞こえるなんて。  見られていたことにさっと顔色が青くなる。もう駄目だ、今すぐ帰らないと。  立ち上がろうとした樹はその場で崩れ落ちる。膝に力が入らないそれに、岬生は慌てて入ってきた。 「どうしたの、大丈夫?」 「触んな、……大丈夫なんで、触らないでください」  上手く言葉が出てこない。取り繕うにも名前を呼んで手遊びしていたなんて決定的な瞬間を見られてしまっていては逃げ道なんてあるはずもない。  自分のすぐそばに座り込む岬生に、触らないでほしいと告げることが精一杯だった。 「やっぱり、俺帰ります。親に電話して、迎えに来てもらうんで」 「待って。たつくん、お願いだから待って」 「何を待てって言うんですか。あんたは奥さんと息子さんだけが好きで他のオメガに興味ないんでしょ。そもそも俺だって、岬生さんとどうなりたいとか思ってねえよ。だから帰ります、人のベッドで匂い嗅いでシコってる猿なんて気色悪いでしょ」  立ち上がろうとするも、何故か立てない。樹が逃げるように立ち上がろうと何度も足に力を込めては失敗するのを見、岬生はその足に触れた。 「力入らないのは膝?」 「触んなよ、やめてください」 「やめません。……驚いたけど、でも、そのくらいの年頃ってすぐ人を好きになっちゃうから。こんなおじさん狼のことより、すぐ同年代で優しいアルファ見つかるから」 「……あんた以外のアルファなんて、全部一緒だ」 「一緒じゃないし、もし一緒だとしたら俺もそっち側だよ」  簡単に抱え上げられ、またベッドに座らせられる。穏やかな声は変わらないまま。  いっそ気持ち悪がられた方がよかった。優しさで押し潰されてしまいそう。  足を撫でられるだけで身体はアルファの血に反応し、ぴくりと振るえる。岬生は必要以上に触らないまま、樹を宥めた。 「腰が抜けちゃってるだけかな、ごめんね驚かせて」 「……帰るから、服出してください」 「まだ洗濯中だから出せないよ。俺は何もしないから、安心してほしい。……君からしたら、した方がいいのかもしれないけど」 「嫌だ、嫌です。俺はあんたに抱かれたいわけじゃない」 「じゃあ、していたのは俺がアルファで君がオメガだから?」

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