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第20話

 アルファの匂いにあてられて、好きでもないのに興奮してしまったから。そんな理由、オメガの妻がいたのなら有り得ないと知っているはず。  オメガのフェロモンにアルファは惹かれるけれど、アルファの匂いだけにオメガが興奮することは稀。フェロモンを嗅いだ興奮状態の姿を前にして、圧倒的優位なオーラに気圧され精神的に昂り身体が反応してしまうようにできている。  それでもそんなことを言うのは、樹に逃げ場を与えるためだろう。  でも、樹は岬生がアルファだから好きになったわけじゃない。小さくふるふると首を振る。 「岬生さんが、俺を好きにならないから」 「え?」 「俺は、俺のこと好きにならない人が好きなんです。岬生さんは、奥さんと子供が大事だから俺のことは好きにならないって、だから」 「……好きな人に好きになってもらえないの、悲しいと思うけどな」 「嫌なんです。だって、俺はオメガだから。オメガとして好きになられても、世間的に言うオメガらしい性格なんてしてないし、どうせすぐに嫌われるだけだから。だから、嫌われるなら好かれない方がいい」  岬生に掌を掴まれた状態で、樹はぽつぽつと呟くように少しずつ吐き出す。  このベッドで我慢ができなくなったのは岬生が好きだから。岬生は自分を好きにならないから好き。自分は、嫌われたくないからずっと好かれないままでいい。  好かれたくないという思いと、岬生は好きになってくれないという思いと、矛盾する思いは隠したまま吐き出していけば、岬生は掌に触れていた手を離した。 「たつくんは、俺が既婚者だから好きになったの?」 「……既婚者で、奥さんが大好きで、他のアルファみたいに一時の感情でオメガを襲うような人じゃないから」 「アルファだからじゃなくて、俺だから?」 「はい」  岬生がベータでもオメガでも、きっと変わらない。岬生の優しい人柄を知って、二度も他のアルファから助けられて、そして何より樹を性的な目で見ない人。相手がオメガだから近付いたなんて、よくある話だ。でも岬生は違ったから。

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