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第32話

 夜も更け、岬生に連れられる形でUboatに向かう。店内に入ると常連客は心配だったと口々に声をかけてきた。  あの泥酔したアルファの所為で来たくなくなったのかと、もしそうならあの時は店内で揉め事を起こすことに躊躇してしまったことを謝りたいと。  今考えれば、その躊躇は当然のもの。この店の雰囲気が好きで来ているのに、雰囲気を壊してしまうことはできない。それに、揉め事なんて起こせば岬生に迷惑がかかってしまうから。  店内には常連客しかいない。いつものように特等席である1番奥のカウンター席に樹が座ったところで、岬生がエプロンをしながら爆弾発言を落とした。 「たつくん、俺の番になったから。あんまりちょっかいは出さないでね」  その瞬間、キッと女性にきつく睨まれる。まさか人前で、それも店内で言ってしまうとは思っていなかったために樹は慌てて立ち上がった。 「なんで言うんですか⁉︎」 「前みたいに変なアルファに言い寄られないようにするためだよ。よしくんも、そんなに怒らないで」 「マスター、蒼ちゃんはどうするんですか」 「どうするって、どうもしないよ。紫さんと、……君のお姉ちゃんと同じくらいたつくんのことが好きになっちゃっただけ」 「……今度、ちゃんと母さんに報告しに行ってくださいね」 「わかってます。っていうか、君も彼女のことお話した方がいいと思うけどね」  姉?彼女? 何の話をしているのだろう。樹は睨まれなくなると女性のことを見る。  そういえば岬生は彼女のことをくん付けで呼んでいた。関係性はまだ一度も聞いたことがないが、一体。  樹の視線で疑問を抱いていることがわかったのか、岬生は嗚呼と声を挙げた。 「よしくんは芳佳くんって言って、紫さんの弟でね。この店ができた頃からバイトとして手伝ってくれてるんだ。身体は女性なんだけど、男の子だから間違えないようにね」 「え、う、うん?」 「あ、もしかしてよしくんまた紫さんの喋り方真似した?」  初対面の時、外まで送ってもらった際に話した時は女性の口調だった。だから混乱した様子の樹に、芳佳はふっと鼻で笑う。 「僕、信用できない相手には姉さんの真似することにしてるんで。やっぱり信用できないタイプの人間でしたけど」 「こら、俺の番になんてこと言うの」 「まあでも、マスターが選んだならもう何も言いませんよ。何も」  完璧に敵扱いされていたのはそういうことか。態度が軟化したのも、岬生とどうなるつもりもないと言ったから、彼の姉の立ち位置を奪うことにならないと思われたから。  それが結局姉もならなかった番になってしまったことで、また硬化してしまったらしい。

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