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平々凡々な願い

 蝶よ花よと、もてはやされて育てられた覚えはないけれど、両親からの愛情は常に感じてきた。過保護で息苦しいほどの干渉はなくても、いつも家族は自分の味方だった。  どんなに仕事が忙しくても、きちんと話を聞いてくれて、時代遅れの一発ギャグで笑わそうとしてくる父さん。会社では社長と呼ばれているくせに、家では着古してくたびれたジャージを愛用していて、市販の缶ビールを幸せそうに飲む。1日に1本だけの約束だ。  由緒正しい華道の家元から嫁いできた母さんは、少しだけ天然で。ケーキを作ることが得意で、俺の誕生日になると「来年はケーキを作ってくれる彼女ができたらいいね」と茶化す。  けれど一年が経ち、誕生日近くになると、今年はどんなケーキが良いのか何日も悩んでいた。  少し年の離れた兄さんは、弟の俺から見ても優秀だった。頭が良くて難しいことを難しい言葉で説明して、よくわからなくて軽く流すのが俺の日常で。お前はバカだと口悪くからかわれながらも、兄さんの向ける目は優しい。  3つ年上の姉さんは、今年から有名大学の医学部に通っている。今は女が男に勝つ時代なのだと、そして若い男を侍らせて女王になるのだと高笑いしていたのを覚えている。  もし俺がどこにも就職できなくて、結婚もできなかったら姉さんが家政夫として雇ってくれるらしい。  俺の周りは平和で穏やかで、そして自由だ。自分の信念に従いなさいと言ってくれる父さんと、弱い者いじめは絶対に駄目だと言う母さんに育てられ、兄さんと姉さんに鍛えられ、俺は幸せ者だと思う。  毎日が楽しい。  誰かを心から嫌うこともなく、誰かから嫌われることもない。友達もそれなりにいて、勉強は苦手だけど体育のサッカーは楽しい。友達とかわす大して意味のない会話に、今日もバカみたいに大笑いした。  こうして衣食住に困らなくて、いつも笑って過ごせていて。それは、なんて恵まれた生活だろう。自分でも分かっているから、俺は俺なりに日々を感謝して生きているつもりだ。  俺の願いは1つ、この平凡で穏やかな生活が続きますように。それだけ。  それだけ、だったんだ。  

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