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ねことボスゴリラと蝶々と

 ****  息を吐く音が一層荒くなる。胸を打つ心臓は限界をとっくに越え、痛みすら感じるぐらいだ。  こうして無駄に広い学校の中を走り回る理由は簡単で、怖い先生から逃げているわけでも、幻の焼きそばパンが食べたいわけでもない。そもそも、金持ちばかりが通う学校に、そんな庶民的なものは置いていないだろう。あったとしても、最高級の材料を使った……的な謳い文句がついたパンで、ポケットに入っている小銭じゃ買えないはずだ。なにせ俺の今日の所持金は200円だけである。  では、どうして走っているのか。  人間が全力で走る時なんて体育の授業か誰かを追いかけている時、そして追いかけられている時ぐらいじゃないかと思う。  ――正に、今の俺のように。 「柳!!待て、柳!待たないと本気で殴るぞ!!!」  後ろから全力で追いかけられ、名前を呼び捨てにされ、あまつさえ殴ると言われて待つ奴がいるか?  もしいたとしたら、ここに連れてきてほしい。俺の大事にしているご当地キーホルダーのコレクションの中から、どれでも好きな物をくれてやろう。今ではもう廃盤になった物もあって、結構なレア物が揃っている……って、そんなことを考えている場合じゃない。 「殴るって言われて待つバカがいるか!!バーカ、バーカ!」 「おっ、ま……!!お前えぇぇ!」  本当はもう一杯一杯になっていて、話すのも辛い。けれど、それを悟られたくなくて鼻で笑ってやると、俺を追いかける目が燃え上がった。  その文字の通り瞳の中に炎が上がったような、目の色が変わったような。とにかく、ピンチが増したということは間違いない。 「なんっ……であいつら、お坊ちゃんのくせに……ッ、こんなに走れるんだよ?!」  追ってくる『上流階級のご子息さまたち』に、俺の疑問は尽きない。  ここに友人である由比京介がいたら「柳のバカ」って怒られるんだろう。そして逃げ道を見つけてくれて、追いかけてくるあいつらを撒いてくれるんだろう。  けれど悲しいかな、由比は家の用事があるとかで休みだ。そこそこ大きな製薬会社の息子だからか、由比が家の関係で休むことは多い。  そんな時を狙って行われる『追いかけっこ』  そのルールはいたってシンプルな鬼ごっこで、鬼が俺を追いかける。努力と根性で奇跡の入学を果たした俺に、一部のお金持ちのボンボン共は冷たい。由比がいないと、俺はあいつらの鬱憤の捌け口にされる。  逃げる俺を追いかける鬼ボンボンたち。一見すると普通に見えるお遊戯だけれど、遊びの鬼ごっことは違う。  だってこれは『学校の王様』が主催しているゲームだから。ここで俺を捕まえれば、豪華な賞品がもらえるだけでなく、王様が褒めてくれるから。  だから追いかけて来るやつらの数は多くて、キーキーと煩くてサルみたいだ。それなら王様は王様じゃなく、ボスザルになるんだろうか……。 「サルって言うより……っ、あいつは……ゴリラだ!!」  きっと、今もどこかで高みの見物をしているボスゴリラを心の中で罵倒する。  俺こと『柳』とボスゴリラの激しい戦いが始まったのは、今から1ヶ月前の話。  忘れもしない。あれは、入学して13日目のことだった。

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