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ねことボスゴリラと蝶々と

 悔やむ俺を放って、再びあの音が紡がれる。 「ここには俺しかいない。もしかして、みんなで幽霊でも追いかけてきたんじゃないの?」 「……え?」    蝶々の言葉に、外にいる誰かが呆けた声を出す。それは俺も同じだった。 「ここには俺しかいない。誰の姿も見ていないし、俺は何も知らない」 「いや、だって。さっきこの部屋に、柳が入って行くのを見たんですけど……」 「誰もいないよ」  蝶々は何を考えているのだろう。もしかして俺を庇うつもり……なのだろうか。俺をここに匿って、自分1人でサルとチワワの合体軍と戦うつもりなのだろうか。もしそうだったなら、非常に困る。  俺は誰に迷惑をかけてまで、自分を守りたいとは思わないからだ。 「開けろ!!おい、ここを開けろって!」  閉じ込められた扉を力任せに殴り、揺らして存在をアピールした。大声も追加してやれば、俺がここにいることは明白だ。  それなのに蝶々は、やはり俺を出そうとしない。俺をボスゴリラの取り巻きに渡そうとはしない。 「ここには誰もいない。今からまた昼寝するから、もうここに近づかないで」 「でも!今、確かにこの中から柳の声が!!」 「俺には何も聞こえなかったけど」 「そんな……」  通るわけのない主張を繰り返す蝶々が「うるさい」と口にした。それは扉を叩く俺に向けてのものか、それとも周囲で何かを言っている取り巻きに向けてかはわからない。  ただ、蝶々の一言で場の空気が変わった。  誰もが口を閉ざし、廊下が静寂に包まれる。 「ここには誰もいない。俺がこう言ってる意味、わからない?」  わからない。そんなの、誰もわかるわけがないって、そう心で言い返すのに。 「こんなくだらないこと考えるの、どうせ香西でしょ。もし香西に何か言われたら、俺の名前を出せばいい。それとも、俺の言うことより香西を優先する?」  そんなの当然だろう。だってボスはあのゴリラなんだから。ボスゴリラなのだから、蝶々が勝てるわけない。  でも、俺の目の前にいる蝶々は、どうやら普通の蝶々じゃなかったらしい。 「わかりました。ご迷惑をおかけして、すみませんでした」  告げられたのはゲーム終了の合図だ。まさかの土壇場で負けを認めた集団が、ぞろぞろと引き下がっていく気配を感じる。  そして、やっと開かれた扉。廊下からの灯りと、部屋に注ぎ込んでいる陽の光を浴びて、初めて蝶々の姿を目にした。 「一緒に昼寝、する?」  ふんわりと笑う彼は、蝶々なんかじゃなかった。  花なんかじゃ釣り合わないほど、とても綺麗な王子様だった。

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