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ボスゴリラ
「柳。俺ね、こう見えてもかなりの平和主義なんだよ。休みの日は伊達政子とイチャイチャして、伊達政子を想って昼寝して、伊達政子のマグカップでコーヒーを飲んで、伊達政子を隣に寝たいわけ」
「由比?」
「その生活の中で、柳がちょっとだけ刺激をくれれば助かるんだけど。まさか、ここまで刺激的だとは思わなかった。胃が痛むどころか、破裂すんじゃねぇかな」
お前は何を言っているんだと言いかけた俺の口が、あんぐりと開いて止まる。それは廊下の向こうに、壁に凭れて立つ男の姿があったからだ。
高校生の平均を優に超えた長身、尋音先輩も背が高いけれど、こいつは先輩よりももう少し高い。そして、先輩よりもガタイが良い。
「よう、ポチ」
「……ボスゴリラ」
「誰がゴリラだ。こんな男前なゴリラ、世界中探してもいないだろうが」
チッ、と舌打ちをつけて諫めるのは、憎き追いかけっこの発案者である香西秦だった。いつもは侍らせているお気に入りの取り巻きの姿はなく、校内で香西が1人でいるのはすごく珍しい。
黒の短髪に、鋭い目つき。見た目だけなら虎とか狼とかの肉食獣を想像するけれど、こいつの中身は紛れもなくゴリラだ。ゴリラの中のゴリラだ。
「ポチ、お前に聞きたいことがある」
「俺にはない」
「お前になくても俺にあるんだよ」
「それでも、俺はお前に用はない」
香西のこめかみに青筋が浮かぶ。まだ口元は笑みを描いているものの、次の瞬間に怒鳴られても何ら不思議ではない状況。けれど、さすがの香西も学校の廊下で雄たけびを上げる気はないらしい。知能指数は高めのゴリラだ。
「今日はいつもとは別件だ。尋音のことで話がある」
香西から出た人物の名前に、無意識に指が跳ねた。踵を返そうとしていた足が止まり、ゆっくりと香西を見上げる。
悲しいかな、俺と香西の身長差は10センチ以上もありやがった。
「特別にお前の質問にも答えてやる。だから着いて来い」
人に話があると言いながら、お前はこっちの話を聞くつもりはなかったのかとツッコミを入れたくなるけれど。ボスでゴリラの香西に、そんな常識は通用しないだろう。
「わかった。由比、悪いけど次の授業は適当にごまかして」
「……あいよ。愛知先輩の次は香西さん。柳、お前そのうち刺されるかもな」
「そうなったら由比家ご自慢の薬で治してくれ」
「保険適用外だけどいい?」
くだらないやり取りの中に、由比からの心配を感じる。それに大丈夫の意味を込めて笑い返せば、ようやくため息と共に由比が頷いた。
* *
「ほら、こっちに来いよ」
香西に連れて来られたのは、おそらく応接室だろう。一介の生徒である香西がどうしてここの鍵を持っているのかは知らないけれど、この学校ならどうせ権力に屈したに決まっている。
「お前はそっちに座れ」
案の定、上座に座った香西が向かいのソファを俺に進める。いつでも逃げ出せるように、浅く腰掛けて向かいあった。
「平凡の顔なんて見てても楽しくねぇし、単刀直入に聞く。ポチ、お前どうやって尋音に取り入った?」
「──は?」
「あの尋音がお前みたいなのを庇うなんて、絶対に裏があるとしか思えねぇ」
「え、何?お前わざわざ俺を待ち伏せして、わざわざ俺をこんな部屋に連れて来てたのって、わざわざ俺の悪口を言う為なのか?暇なの?ボスゴリラだから暇なのか?」
香西の歯ぎしりの音が聞こえて、鋭く睨みつける視線を感じる。それなのに全く怖くない。
なぜなら、相手が力でくればこちらだって応戦できる。誰にでも勝てるなんて言えるほど自信過剰ではないけれど、それでも香西は恐れるに足りない。
「このドチビ……っ、尋音さえお前のバックにいなきゃ、今ここでお前をぶち殺してる」
「ぶち犯すじゃなくて良かったと心から思う」
「尋音じゃあるまいし、お前相手に勃つかよ。鏡見てから話せよ、平凡」
今日はやたらと下ネタを聞かされるな、なんて考えて。尋音先輩も下ネタなんか話すのかな、と思って。いやそれはないなと思い改める。あの綺麗な先輩の綺麗な口から「ブチ犯す」なんて出たら、俺は卒倒してしまう。
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