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蝶々ひらり、ひらひら蝶々

 サルっていうのは主従関係がきっちりしているらしい。ちゃんと役割分担ができているようで、獲物である俺を探す役、見つけたら連絡する役、追い込む役と意外にも連携が上手く作られている。そして、こいつらに一貫して言えることは『ボスに認められたい』だろう。  その一心でここまで悪趣味な催しに付き合えるのだから、その忠誠心だけは褒めてやってもいいかもしれない。本当にそこだけは。 「死ぬっ……なん、か今日のは……特別しつこいっ!」  もう校舎を何周したのかわからない。体育館にも行ったし、プールの近くにも逃げたし、裏庭の植え込みに身を潜めたりもした。けれど、どこにいても絶対に見つかる。  見つからない場所ではなく、見つかったとしても安全な場所は1つだけある。けれど、俺はどうしてもそこへ行く気はない。  だって、あそこには頭のぶっ飛んだ蝶々が待ち構えているからだ。    そもそも、サルがここまで俺を追いかけて来れるのも、この鈴の音が俺の所在を教えてしまうからなのに。立ち止まって荒い呼吸を整えようとしても、リンリンと鳴ってしまっては休憩にもならないのに。全部、あの蝶々野郎が悪い。  それでも鈴の音を鳴らしながら、俺は走り続ける。階段を駆け下りたと思ったら駆け上って、もう大丈夫だと思ったら追いつめられて。 「ああっ!しつこい!!」  長すぎる追いかけっこに疲れて、もう家に帰ってやろうと窓を開けた。幸いにも今俺がいる場所は2階で、飛び降りても大して被害はないだろう。 「柳っ!!見つけた、柳がいた!」 「げっ……!!ああ、もう!」  窓の桟に足をかけたと同時に、後ろから身体が引っ張られる。俊敏なスタートを見せたゴリラの取り巻きの1人が、俺のブレザーの襟を掴んだ。 「逃がすか!」 「逃げるに決まってんだろ!!離せっ!」  振りほどくように手を動かしても、そいつの腕は離れなかった。しっかりと腕に抱きつかれて、その力の強さに驚く。  きっと、このサルは取り巻きの中でトップなのだろう。俺を見つめる目の色が違う。本気で立ち向かって来るサルのトップを、俺は力任せに振り払おうとした。 「だから離せってば!!」  強引に回した手がそいつの頬を掠める。一瞬痛そうな顔をして、それが視界に入ってしまった俺の動きが止まった。たとえ追いかけられているとしても、誰かを傷つけるなんて冗談じゃない。 「ご、ごめっ…………ん?!」  ごめんと伸ばしたはずの手が宙を彷徨う。謝ろうとしたはずなのに、そいつがどんどん離れていく。  あ、と口を開くサルの姿。大きく目を開いたその顔は、きっとボスゴリラが気に入っているであろう整った造りをしていて。こんな状況だからこそ、それに気づけたのかもしれない。 「柳!!」  俺が伸ばした手に、そいつの指先が触れる。けれど瞬間のそれは何の意味も持たず、どんどんと遠くなっていく。落ちていると実感したのは、身体が完全に宙に放り出されてからだった。  見えている景色が遠くなって、身体が浮く感覚。ジェットコースターのそれよりもリアルで、ゆっくりとした空気の流れ。  ──ああ、落ちてるなぁ……これ、マズいかも。  そんなことを冷静に考えながらも、受けるであろう衝撃から頭を庇うために腕を回す。まるで猫のように身体を丸ませ、強く目を瞑った。骨折だけで済めば、万々歳だ。  けれど感じたのは痛みではなく、花の匂いだった。  それから、温もりと包み込まれる力の強さも。 「ちゃんと受身をとって、偉いね。ミィちゃん」  一向に訪れない衝撃に恐る恐る目を開けると、目の前一杯が淡い色で染まっていた。夕陽の光りを浴びて輝くその中心には、緩く微笑む綺麗な顔がある。

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