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今日も元気なボスゴリラ

「俺の用事はそれの確認と、あとテストの間は例のあれは無しって言いに来た。平凡な上にバカだと救いようねぇからな」  香西が言う『例のあれ』とは追いかけっこのことだ。こちらを気遣っているのか、いないのか曖昧な台詞に、ひくひくと俺の口元が引き攣る。 「香西てめぇ……テストが明けたら覚えてろよ、ボスゴリラ」 「ゴリラって呼ぶくせに、ちゃっかり受け入れるんだな」 「背に腹は代えられないからな。ほら、学生の性分は勉強だし」 「そこには賛成だ。忠犬ポチ公と気が合うなんて嫌だけどな」  言うだけ言ってボスゴリラが教室を出て行く。サッと取り巻きがその周囲を囲み、何人かがこちらを振り返って鋭く睨んできたのは見なかったことにしよう。ゴリラの威嚇に比べれば、可愛いものだ。  香西が去って、俺の胸に残ったのは尋音先輩への少しの心配だ。俺と一緒に帰ったことにより、寝不足になるほど怒られて大丈夫なのだろうか。落ち込んでいたり、苛々していたり、もしかして、もしかしたら泣いていたりしたら……。  そう思うと居ても立っても居られなくて、ポケットからスマホを取り出す。メッセージアプリを起動し、朝の挨拶も忘れてどこにいるのか訊ねたら、いつもは数秒で既読がつくのに今日はつかない。 「……大丈夫、かな。昼になったら会いに行ってみようかな」  ここに由比がいれば激しく反対されそうだけど、明後日のアニメ関係のイベントに向けて準備が忙しいらしく、今日は休みだ。きっと今頃は持って行くお気に入りのキャラ、嫁と呼んでいる伊達政子のグッズを厳選しているのだと思う。  今日は金曜日で明日から学校は休み。日曜には由比に連れられて、行きたくもないアニメのイベントに行かなければならない。それ以外にもテスト勉強もしなきゃ駄目だし、せっかくの休みなんだから家の手伝いをしろと言われる可能性もある。  だから、余計なことを考えたくない。今解決できることなら、今のうちに済ませたい。  はやる気持ちでスマホを見ても、なかなか返事はこない。  それにやっと既読がついて返信が来たのは、2時間目が終わってからだった。例の如く「おいで」だけの返事に、画面を指で弾いてしまった理由は自分でもわからない。 「おいでって、本当に軽いな……この人」  誰も拒否しない先輩は、俺を歓迎しているわけじゃない。おいでって言ってくれるのはウェルカムって意味じゃなくて、来たいならくればいい程度のことだ。  のこのこやってきた俺に何を見られても気にしない先輩は、拒む理由がないだけだ。  見ちゃいけない場面を見た俺が固まっていても、先輩は何も思わない。俺が扉のところに立ち竦んで様子を窺っていても、尋音先輩は笑って「そんな所で何してるの?」って言うだけだ。  それが分かっていても気にしてしまう。心配になる。様子が知りたいと思う。こんなんじゃ俺の方が飼い主みたいなのに、俺は先輩を前にすると強く出れない。 「はぁ……なんか、1日が始まったばっかりなのに疲れた。帰りたい」  そう言ったら、きっと尋音先輩はここから連れ出してくれるのだろう。何も拒絶しないあの人は、また受け入れてしまうのだろう。  先輩のことを考えると、やっぱり苦しい。  

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