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今日はおやすみ

 歩き出して数歩目で、ぴたりと先輩の足が止まった。俺の手首を掴んでいるのとは反対の手をポケットに入れた先輩が、そこから取り出したスマートフォンを耳に当てる。 「はい」  いつもより硬い声で電話に出たかと思ったら、途端に先輩の眉間に皺が寄る。普段はずっと笑っている先輩にしては珍しく、何かあったのかと耳を澄ませれば聞こえてくるのは尋問のように畳みかける言葉だ。 『どこにいるのですか』『どれだけ時間がかかっているのですか』『何をしているのですか』  放っておけば延々と続きそうなそれを、先輩はため息でぶった切った。 「岸、うるさい」  岸。きし。キシ。確か、先輩の世話係の人。その人からの電話だった。 「どうせ部屋に着いたら嫌でもお前に連絡が入るだろ」  少し口調が荒く感じる先輩の服の裾を引き、離れることを伝えた。それは電話が終わるまで、近くで待ってますという意味だったのだけど、先輩は首を振って駄目だと返してくる。 「家に迷惑かけるような行動はとらない」  言うだけ言って電話を切った先輩は、そのまま電源まで落としてしまったらしい。真っ黒になった画面に一瞥を向けた後、それをしまって俺を見た。 「監視はされるだろうけど、これで何も言ってこないと思う。さ、どこに行きたい?」 「監視?!それって本当に大丈夫なんですか?また後から先輩が怒られたりとか……」 「岸は怒るのが趣味だからね。慣れてる」 「怒られ慣れてるってのも、それはそれでどうかと思いますけど?」  尋音先輩が「そうだね」と笑う。俺は、先輩のこの少し気の抜けた感じがする苦笑を結構気に入ってる。  ちょっとだけ先輩の『素』に近い気がするから、これが出ると安心するのだと思う。 「どこか行くって言っても、俺この辺り詳しくないし。地元に帰って遊ぶ……のは、さすがにこの格好では嫌かも。先輩に申し訳ないとかじゃなくて、俺がこの格好見られたくないです」  万が一にもクラスのやつにオタクだと思われたら嫌だ。別にオタクに偏見があるわけじゃないけど、普段そんな話はしないから、騙してるみたいな気もするし。  それに由比ならまだしも、俺がオタクってなったら、絶対に残念な顔をされるに決まっている。 「じゃあ先にミィちゃんの着替えを買いに行く?」 「そこで着替えに帰るんじゃなく、買うを選ぶんですね。さすが尋音先輩」 「さすがって何が?」  あ、また瞬きをするかなと思って見ると、やっぱり先輩がパチパチと瞬いた。予想通りの反応につい笑ってしまって、まずいと手で口を覆えば今度は腹が鳴る。  由比について行くのに必死で、昼飯を食べ損ねていたことを忘れていた。どこまでも格好がつかない自分が情けない。 「ミィちゃん。お腹空いた?」 「あ、いや……恥ずかしながら昼飯抜きでして。でも時間も時間だし、甘い物が食べたいかな」 「それならメロンのタルトがある店に行こう。行きつけのホテルなんだけど、きっと待たずに通してもらえると思う」  さも名案だとばかりに笑う先輩に激しく首を振った。確かにメロンは美味しいし、先輩が勧める物なら、それはさぞかし絶品なのだろう。  けれど、けれどだ。  相手はあの愛知家のご子息だ。愛知家が行きつけのホテルなんて、どう考えても俺には不相応に決まっている。平凡な顔の上、極めつけに俺の今の格好は何度も言うけどオタクで。そんな格好をした俺なんて門前払いされてもおかしくない。  もし万が一、尋音先輩の力で通してもらえたとしても、好奇の視線が降り注ぐことは明白だろう。そんな中では何を食べてもスポンジのように感じてしまうに決まっている。 「やっぱり遠慮します!!今の俺じゃ、メロンに失礼になるので!!」 「メロンに失礼……?あ、もしかしてメロンは嫌い?」 「いや、メロンは好きです!!ちょっとお高くて家じゃあんまり食べれないけど、貰った時はテンション上がりまくるぐらい大好きです!でも今の俺とメロンは相性が悪くて」 「メロンとの相性?」  素直すぎる尋音先輩が真剣に考え込んでしまう。
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