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第5話(side男)

 ここ最近、俺は毎日が満たされていた。  狂いそうなほど欲した存在が俺のそばにあって、その彼は毎日俺のために飯を作ってくれる。  今日の晩飯はビーフシチューとバゲット。それからシーザーサラダだ。  一人暮らしをしていた彼が簡単な料理はできることは知っていたが、それを食べることができるとは思わなかった。  そりゃあ目を見張るほどうまいわけではないが、俺にとってはどんな一流料理人のフルコースよりも価値がある晩餐だ。  ビーフシチューを一口食べる。  いつも、食器を持つ手が感動でわずかに震えてしまう。悟られてはしないだろうが。 「今日もとてもおいしい。いつも素晴らしいディナーをありがとう」 「ぁ…ん、そんな、褒めることじゃねえよ」  元の俺とは似ても似つかない、なるべくやさしい口調できちんと笑って答えたのに、彼は一瞬寂しそうにして笑って謙遜する。  自分もと食事に手を付ける彼を見つめて、俺は内心焦燥感に駆られていた。  彼は、近頃少し寂しそうな顔をする時がある。  俺が笑ってなにか褒めたり感謝したり何かをすると、彼はなんともいえない表情をするのだ。  何故だ。   金はいくらでも渡しているし、欲しいものはなんだって買っているし、俺の目の届く範囲では何をしても咎めたりしていない。  穏やかな口調を心掛け、感謝は言葉にしているし、微笑みは絶やしていないし、仕事のことは一切隠しきっている。顔を出さないことで仲間や部下もどきからは泣きつきの電話が入ることもあるが、俺が危ない仕事をしていることはばれていないはずだ。  昔監禁した時は俺も若くて、壊したい衝動が抑えられる気がしなくて接触を最小限にしていたが、今は三十路のおっさんだ。自制も覚えた。  たとえ目の前に風呂上がりの泣野がいようとも、風邪ひくよ、と声をかけタオルを差し出すぐらいの強固な理性が身に着いているだろう。  なのに、8つも年下の男一人まともに笑わせられない。  歳だけ食っても、この体たらくだ。俺には少しも、そんな顔をする理由がわからない。  彼の望んだ何不自由ない甘い世界を作ったのに。 「…携帯、鳴ってるぞ」 「ん?ああ…、気にしなくていいんだよ。とるに足らないことだから」 「でもずっとだし…」 「君との食事より大事な用なんてない」  それともうるさかったかい?  食事の手を休めずに尋ねると、彼はひきつった顔で首を横に振り、俺と携帯を交互に見る。 ━━俺といるのに、携帯なんざ見るな。お前が興味を持つのは、俺だけでイイ。  どす黒い感情がジワリと湧いたが、ぐっと飲み込んで平然と携帯を手に取る。そして電源を切る。画面は見てない。興味ない。  彼が俺をなんともいえない表情で見つめていたが、そっと息を吐いて食事を再開していた。  それでいい。何も心配することはない。  またいつものように、微笑みを心掛けながら彼の手料理に舌鼓を打った。  なのに。 ピンポーン 「あ…」  玄関から来客を告げる軽快な音が聞こえ、彼が声を漏らす。 …俺の家を訪ねてくる客は限られている。  まずは宅配便。だがそいつらはもうずっとまえからの馴染みの業者で、多めの小遣い握らせてるから呼び鈴を鳴らす野暮はしない。敷地の中のランダムな場所に置かせ、サインは後で郵送する。  それから仕事関係の客。しかし、そういう話は万が一泣野にばれるかもしれないから家ではやらない。それにもともと、俺の自宅なんて客に教えない。だいたい外の個室だ。  残るは、仕事仲間。 ピンポーン  せかすようにもう一度呼び鈴が鳴る。心当たりが何人かいるが、どれなのか。どいつもこいつもろくな奴らじゃあねえが。 ピンポーン ピンポーン 「でねえと、」「でなくていいよ」 「えっ」 ピンポーン 「でも鳴って「でなくていい」…あ、ああ」  いくら無視しても懲りずになり続ける呼び鈴と、淡々と食事をする俺に板挟みになっておろおろする彼。  でもだめだ。俺の感はよく当たる。それはもう、自分でも笑っちまうぐらい。  その感が“厄介者だ”と苦虫噛み潰したような顔で告げているのだ。 ピンポーン  「毎日家事をしてくれるのはとてもありがたいけれど、最近寒くなってきたからね。体調には気を付けるんだよ」 ピンポーン  「や、あの」 ピンポーン  「疲れたら休んでいいからね」 ピンポーンピンポーンピンポンピンポンピンポンピンポン  「っ俺、出てく「いい」…はい」 ガタン、  興味もないので無視をし続けていたが、彼には無理だったようで立ち上がろうとしたから、仕方なく俺がでることにした。  嫌な予感より、宝物を隠す方が重要だ。  彼に背を向けたところで、すっと表情を消す。クソ面白くもねえなあ、邪魔されるってのは。  玄関までの道のりで、花が咲いていた頭が真冬に戻っていく。だいたい門から侵入して玄関のインターホンを押している時点で、厄介者だと決定しているのだ。  ふたりきりで、手料理で、言葉を交わしながら、彼と〝甘い生活〟ってやつをしていたってのに。 ガチャ 「くだらない用なら、潰すぞ?」 「いやそれこっちのセリフ!」  ドアを開けながら少し殺気を込めて呟くと、野暮な訪問者は耳障りな大声で俺を指さし叫んだ。 「おせえよ!どんだけ無視すんだ!?ってかいい加減こっち顔出せよ!カジノの元締め抱き込む最後の取引、フライト直前でばっくれやがって俺死ぬかと思った!つーか寿命削れたわ!」  あんな腹ン中の知れねえ爺とタイマンで探り合いとかもうぜってえしねえ!と叫ぶうるさい馬鹿。知ったこっちゃねえなあ、んなことは。  面の皮は上等な金髪ひげ面のこの男は、阿賀谷 寅吉(あがや とらきち)。所謂仕事仲間だ。  ヤの付く自由業の若頭。若と言っても俺と同い年だが。こう見えてこの馬鹿は、悪だくみに関しては切れ者だったりする。  溜息を吐くのも億劫だ。  ぎゃーぎゃーと不満をまき散らす阿賀谷に対しまったく微動だにしない俺を、恨めしそうに見る阿賀谷。  「要件はそれだけか」  「それだけ!?俺を一人死地へ送り込んで自分は家にこもりっきりのくせにそれだけとかお前鬼か!この人でなし!冷血漢!」  「そいつァ光栄だ」  「あああまてまて閉めるなわかったごめんごめん!門のカードロックバグらせたの謝るから閉めないで!ってかいい加減入れろ!」  「請求書は後で送る。おかえりはあちらだぜ若様よ」  「や、あの、プッシュダガー突きつけんのやめてください…それどこから出したんだ?」  「ベルトのバックル」
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