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第7話

 ピンポン連打の処理をしに男が玄関へ向かってから、十分ほどが経過した。  その間俺はそわそわとなんだか落ち着きなく、手持無沙汰にスプーンでビーフシチューを弄んでいた。  耳をすませば防音のこの家でもほんの少し音が聞こえる。誰かがなにかを話しているのは分かった。  この家で呼び鈴が鳴ったのは初めてだ。  宅配便しか訪ねてこないが、それもいつの間にか届けられていて、万が一にでも俺と接触はしない。  まだ、俺の居場所がここだということになじめないでいる。  だから男が俺から離れ一人になると何をしていいかわからなくなる。他人の家の客人、って感じがするんだ。 ━━でも、あの日の男の腕の中は、今まで生きてきたこの世のどこよりも安心した。  俺の居場所はここなんだ、とすんなり受け入れられた。全身の力を抜いて体を預けても大丈夫だと思えた。  おかしな話だ。俺はあの男のことをなんにも知らないのに。  はあ、と溜息を吐く。  あんたのことが知りたいのだ。  そう言えるのは、いったいいつになるのだろうか。詮索を嫌いそうな男は、俺に自分を教えてくれるのだろうか。  この手錠の意味を、どういう心でこれをかけることにしたのか、聞いてもいいのだろうか。  はあ。最近溜息ばっかりだ。  そうしていると、突然リビングのドアが開いた。 ガチャ 「っ、おかえ、…ん?」  はっとして視線をそちらに向ける。  想像通りに先ほどと変わらぬ様子でうすらと微笑み、「ただいま」と言う男。  だが、想像にはいなかった人がもう一人いた。男の後ろで俺と男を交互に見つめ、ぽかんとしている人。  金髪とあごひげのよく似合う外国人張りのいい男だ。一目でイイものだろうとわかるスーツを着、高級そうな装飾を纏っている様子から金銭に不自由はないのだろう。  男と彼が並ぶと、いよいよ絵になる。ハリウッドスターのポスターのようだ。 「彼は俺の古い友人でね、阿賀谷 寅吉だよ。こんな見た目だけど外国人ではないから、安心してね」  俺も金髪の男と同じようにぽかんとした顔で彼を見つめていたのだろう。  察した男が彼に手を向け紹介してくれた。  ハッとした俺も慌てて立ち上がり、軽く会釈する。 「はじめまして、早泉 泣野です」 「男だあああああああっ!?」 「は?」  何事だ。  自己紹介をすると、彼改め、阿賀谷さんは俺をビシッと指さし顔面蒼白で絶叫した。  生まれて26年、ずっと男だが…いけないのか?どうして叫ばれたのか理解できず、頭上に?がたくさん飛ぶ。俺にどうしろと。  混乱して固まる俺をしり目に、阿賀谷さんは尚も絶叫をつづける。 「えっ!?えっ!?そりゃそれなりに上等な面だけどがっつりぎっつり男じゃねえか!大金は!?宝石は!?絶世の美女は!?もしや相棒ホモだったのか!?」 「あ…?え…?」 「ってかなにより気持ち悪いッ!きもッ!なにその笑顔?なにその善人みてえなしゃべり?今まで俺を友人なんて紹介したことねえじゃん。なにそこの子気遣っちゃってんの鳥肌立ったわ!」  おーさぶいさぶい、と自分の腕をさする阿賀谷さん。俺は頭が付いて行かず、得た情報を整理できずに目をぐるぐるさせるしかない。  大金とか宝石とか美女って、男は俺のことを彼にどう説明したのだろうか。阿賀谷さんはなんだか男をゲイだと勘違いしてしまっている。  というか、友人として紹介されたことがないって…普段彼は男にどういう扱いを受けているのだろうか。 「つーかなんで手錠?あー泣野?くん?なんで手錠?相棒の趣味?いや個人の自由だと思うよ性癖はな、うん。俺だってペドの嗜虐趣味だし。おまえがホモでSでも寧ろノーマル!お前ほどの鬼畜のことだから屍姦とかリョナだと思ってたしオーケーオーケー」 「…」 「でもやっぱりその〝優しい口調で微笑んだ相棒〟って視界の暴力だから!いつも無表情ジャン。まったく微塵も変化しない鉄仮面じゃん。口調だって淡々としててズバッとしてっし!すっげえきめえよ?」 「…」 「だって毒蜘蛛よ?悪名高い俺の相棒サマよ?俺最後にお前が笑ったの見たの、ロシアでマフィアのブリガディア拷問してた時だぜ?足の先っちょから少しずつミキサーにかけて悲鳴奏でてた時だぜ?その笑顔組織のガキどもが見たら卒倒するわ〜ッ!」  阿賀谷さんは耳を疑うとんでもないことを言いながら、化け物でも見たかのような様子でマシンガントークを繰り広げる。  俺はビキビキと油の切れたブリキ人形のように固まった顔で、阿賀谷さんのそばに異様なほど静かに佇む男を見た。  男はまったく変わらない様子で、じっと俺を見ていた。 「っ」  ビクッと体が跳ねる。  俺は今、ものすごく情けない顔をしているんじゃないだろうか。  俺のそんな様子に、男は小さく息を吐いた。 ついまたいつかのように俯いてしまいたくなる。目線を下に下げてしまった。  でも。 「泣野」  突然よばれて、顔を上げる。  男が俺のすぐ目の前に立っていた。よしよし、と頭をぽんぽん撫でられる。 「ごめんね、ちょっとだけ、耳と目をふさいでいてね」  その言葉とともに、そっと抱きしめられた。 …やっぱり、なんでか、ここは安心する。  ジャラ、と手錠の鎖が鳴った。目をつぶって、きつく耳をふさぐ。感じていたぬくもりが離れていった。 トントン 「もういいよ」  しばらくあとに肩を叩かれ、耳をふさいでいた手をはずし目を開ける。  そこにはいつも通り笑みを浮かべる男と、どこか遠い目をしてガタガタと震える阿賀谷さんがいた。  これは、聞いてはいけない。  あんたのことが知りたいとかそんなんじゃなくてこれは絶対聞いてはいけない類の世界だ。 「阿賀谷はお調子者でね、冗談が好きなんだ。さっきの話はみんな嘘だから、忘れてね」  頷くしかなかったのは、言わなくてもわかるだろう。 …やはり俺は、選択を早まったのだろうか…。 END 阿賀谷 寅吉 男を相棒と呼ぶ、ヤクザの若様。好奇心旺盛なお調子者のおっさん。男に勝てたことはないが、泣野をダシにすれば何とかなることに気づきそう。
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