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第45話 無視

 何事もなかったように、嵯峨(さがの)の方へ視線を戻す。  何か言いたげな嵯峨(さがの)に、くすりと笑った。 「だから大丈夫だよ。遅刻するくらいには、寝てるから」 「……兄上は知っているのか?」  お前の体調を。  香彩(かさい)の笑みに、誤魔化されることのなかった嵯峨(さがの)が言う。  果たして嵯峨(さがの)紫雨(むらさめ)が聡いのか、それとも自分が分かりやすいのか。  香彩(かさい)は小さく息をついた。 「うん……知ってるよ。今度ちゃんと話すって、約束もしたから」 「……そうか。兄上がご存知なら、私は何も言わないよ。けど……無理をしてはいけないよ」  頬に触れていた嵯峨(さがの)の手が、そっと頭の上に置かれる。ぽんぽんと優しく触れるそれに、香彩(かさい)は、ごめんねと嵯峨(さがの)に返す。  そこは謝るのではなくて、素直に分かったと言ってほしいなと言う嵯峨(さがの)に、再びごめんと返してしまって、香彩(かさい)嵯峨(さがの)は顔を見合わせて笑う。 「咲蘭(さくらん)様、竜紅人(りゅこうと)と話込んじゃってるなぁ。ねぇ、嵯峨(さがの)。他に本のあるところって……もしかして書庫?」 「ああ、そうだな。卓子(つくえ)にのせきれなかったものは確か、書庫にしまっていたはずだ」  思わずあれ以外にも、やっぱりまだ持ち込んでいたのかと、心の中で香彩(かさい)は思う。  一体いつから返していないのだろう。  先日地下書庫の整理をしていた時に、普段あまり感情の起伏を見せない咲蘭(さくらん)が、珍しく怒っていたことを思い出す。  きっとそれなりの冊数がありそうだ。  すまないね、と言う嵯峨(さがの)香彩(かさい)は首を横に振ってから、大司冠館(だいしこうかん)の奥にある書庫へと足を向ける。  それは無意識だった。  何となく気になった方向へと、視線を移しただけだった。 (──っ!)  竜紅人(りゅこうと)だ。  彼の視線を感じたのだと気付いて香彩(かさい)は、自然にそちらを向いたのだという体裁を取って、視線を反らす。  心が、胸が。  たったそれだけで酷く五月蝿い。  動揺を悟られたくなくて、何事もなかったかのように香彩(かさい)は、書庫に向かって歩く。  背後から絡みつく視線が、香彩(かさい)の歩く姿を、高く結い背に流れて揺れる髪を、動く手足のひとつひとつを、見ている。  見られている、と香彩(かさい)は思った。  喰い入るように。  舐めるように。  美麗な伽羅色の瞳に、妖しく蠱惑的な影を落として。  不敵に笑む気配が伝わってくる。      その全てを無視する形で、香彩(かさい)は書庫の引き戸を開けて、中に入ったのだ。
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