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第1話
長谷川依吹は、4月から新社会人になる22歳の普通の青年である。
いや。違った。少しばかり普通ではない。
というのも依吹は、男であるにも関わらず、なぜだかよく痴漢の被害に遭うのだ。
依吹自身、なぜ自分が痴漢に遭うのかわからない。
目だけは黒く大きかったが、それ以外は特筆すべきこともない、中背のやせ型で。
陰気、と言われることはあっても、可愛いとかきれいとか、カッコイイとか付き合いたいとか、そういうプラスの評価をされることはほとんどない依吹である。
けれどなぜか痴漢にはよく遭う。
現にいまも触られている。
ジーンズの上からむにむにと。両手でこね回すように、お尻を揉まれている。
痴漢の腕を掴んで、このひと痴漢です、と大声で叫べば済むことなのに、依吹にはそれができない。
いつ頃から痴漢被害に遭い出したのか定かではないけれど、最初は依吹が男だと気付いた時点ですぐに手は離れていくと思っていた。
だが、そうして放置した結果、行為はどんどんとエスカレートし、尻のみならず手はズボンの前にも及んだし、ときにはファスナーを下ろして下着の中にも潜り込んできた。
しかしそれでも依吹は、声をあげることが怖かった。
最近はおかしなひとが多いと聞くし、万が一依吹が「このひと痴漢です」と叫んで、逆上されて殴られたり、あまつさえナイフなどで刺されてしまうのではないかと考えると、恐怖で声が出なくなるのだ。
そう。
依吹はネガティブで臆病で、とんでもなくチキンハートな青年なのだ。
ならば電車に乗らなければいいと言われるかもしれないが、大学やバイト先は自転車で行ける距離ではないし、事故ったらどうしようひとを轢いたらどうしようとお得意のネガティブ思考が発揮したせいで自動車学校に通う勇気もなく、結果、電車しか選択肢はないのである。
そして今日も今日とて痴漢の魔の手に尻を揉まれ、ジーンズ越しに孔の周辺を……なんだろう、考えたくもないが硬いモノで押されて……さらにはファスナーを下げられ、性器をくにくにと弄られて……依吹は漏れそうになる吐息を必死にこらえていた。
信じたくはなかったけれど……高確率で痴漢に遭遇するうちに……依吹の体は、快感を覚えるようになってしまったのだ。
いまも依吹の陰茎は痴漢の指の刺激でむくむくと勃ち上がろうとしている。
こんな……たくさんの乗客の居る電車の中で勃起などしたくない。
したくない、が……。
痴漢の手はなんだかいつもより大胆で、もぞもぞと動いたかと思うと、あろうことか依吹のペニスをジーンズから外へと出そうとしてきた。
依吹は咄嗟に痴漢の手首を掴んだ。
だめ、と首を横に振って、左手一本で必死に抗う。
しかし、尻を揉んでいた片手も前へと回ってきて、依吹のガードが間に合わない。
ついには依吹のそれが、引きずり出されてしまった。
男が慣れた手つきでしゅ、しゅ、と陰茎をしごいてくる。
依吹は咄嗟に顔を背け、吊革を掴んでいる右腕の肩の部分で唇を覆った。
こんな場所で、だめだ……と思うのに、的確に快感を煽ってくる指の動きに抗えない。
依吹はあっという間に追い詰められた。
ぷるんと勃起したそこは、瑞々しい色の先端を覗かせて悦びに打ち震えている。
くちくちと指の腹で割れ目の部分を弄られ……腰も震えた。
だ、だめだ。イきそうだ……。
射精したい、という欲求と、電車の中だぞ、という理性がせめぎ合う。
こらえろ、と己に言い聞かせた、次の瞬間だった。
不意に、痴漢の手が依吹から離れた。
かと思うと、依吹のすぐそばで、「きゃっ」と甲高い悲鳴が上がった。
ぎょっとして依吹が右側に目を向けると、数名で固まって会話をしていた女性グループの内のひとりが、きょろきょろと周囲を見回している。
「どうしたの?」
「痴漢。誰かお尻触った」
声を潜めることもなく、女性がそう言い放ったとき、電車が大きく揺れ、その体が傾いだ。
バランスを崩した彼女が、依吹の方へと倒れ込んで来て……依吹は咄嗟に女性を支えた。
「あ、す、すみま、」
せん、と続けようとした女性の赤い唇が、ひくりと強張り。
マスカラを塗った瞳が大きく見開かれた。
彼女の視線の先には……丸出しになった依吹の、勃起した性器があって……。
「きゃぁぁ! 痴漢!」
女性の大声が、電車内に、無情に響き渡った……。
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