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第1話「始まりはラブ・ポーション」
「あっ……あっ……」
ズルリと内臓ごと引き摺り出されそうになり、桜介 は目の前の逞しい上半身に縋り付いた。身体中から湧き出た汗が滑って、うまくしがみつけない。思わず背中に爪を立てると、同時に熱い男根が勢いよく挿入された。
「ああっ!」
桜介の後孔が、圧迫感に喘ぐ。
きつい。
しんどい。
頭の中に浮かぶのはそんな言葉ばかりなのに、身体はもっともっとと刺激を求めて普段意識したことのない筋肉を収縮させ、桐人 自身を締め付けた。
「悠木 ……!」
唐突に抽送が激しくなり、桜介の視界が輪郭を失う。何重にも重なり合う景色の中で、桐人の瞳だけがまっすぐに桜介を見下ろしていた。
「あっ……綾瀬 、またっ……イく……!」
桐人の先端がそこを擦った瞬間、桜介は欲望を解き放った。男らしいゴツゴツした手がとろみに塗れる。息を切らす桜介を見下ろしていた桐人の赤い舌先が、ほとんど透明になったそれをチロリと舐めとる。
目眩を覚えた。
もう何度射精したのかわからない。精巣はとうに空だ。それなのに、股間のそれはまだ萎えない。それどころか、桜介の潤った内壁はまだ中に入ったままの桐人を包み込むように嫌らしく蠢いている。まるで、動いて……と強請るように。
どうして、こんなことになっているんだろう。
高校の同窓会で、初恋の人と再会した。場の雰囲気も手伝って思い出話に花が咲き、宴もたけなわ……なんて決まり文句が聞こえる頃にはまだ話し足りないから、と連絡先を交換した。よくある話だ。その後ふたりは元の日常に忙殺され約束は果たされることなく、単なる社交辞令として記憶の片隅に葬られる。
だが、桜介の場合は少し違った。
――ちょっと実験台になってほしい。
そんなひと言で呼び出され、桐人の勤務先に向かった桜介を待っていたのは小さなカップに入った黒い液体だった。一見すると普通のコーヒー。香りも少し弱いが、エスプレッソのそれを思わせる。桐人の名刺を見たことがなければ、なんの疑いもなく口にしてしまうだろう。
「思ったより、飲みやすそうだな」
「だろ?今回のコンセプトが〝アダルトグッズ未経験のあなたも安心!〟だからさ。極力それっぽさを省いたんだよ」
桜介の言葉に、桐人の声のトーンが上がる。自社の新商品を褒められて嬉しくてしょうがない。そんな幼い喜びがにじみ出ていた。
「んじゃ、早速飲んでみて」
「あ、ああ」
「悠木?どした?」
「う……なんか……」
「怖い?」
ズバリ言われてしまうとなんとも頷き難かったが、桜介は怯えていた。手の中の液体が胡散臭いからではない。桐人の人並み以上に器用で賢いところを、桜介は昔からよく知っていた。きっとこの『媚薬』も桐人の言葉通りのものなのだろう。だからこそその〝効果〟が現れた時、桐人に見られてしまうのが怖いのだ。
「わかった。俺も一緒に飲む」
「え……え!?」
「俺は開発者としての自分の腕には自信がある。だからこの媚薬を飲むことに躊躇いはない」
「綾瀬……」
「じゃあ、一緒に飲むぞ?いっせーの!」
ゴクリ。
本物のエスプレッソコーヒーのように熱々でなかったそれは、心地よく喉を通り食道を滴り落ちていった。桐人の言ったとおり『それっぽさ』は微塵も感じない。もっとも、『それっぽい方』を口にしたことのない桜介にとっては想像でしかないが。
「……美味い」
「よかった」
「これどれくらいで、その、効いてくんの……?」
「体格・体調・体質によって違うだろうけど、だいたい5分くらいかな」
桐人の答えに、桜介は焦った。薬というから胃にたどり着き溶け出して初めて効果があると思っていた。そんなに早いなんて聞いてない。
できていない――心の、準備が。
「悠木?大丈夫か?」
「あ、ああ、大丈夫。ただ、随分即効性なんだな、と思って」
「そりゃそうだろ。ベッドの上で裸になったふたりが飲むもんなんだぜ?効くのに一時間もかかっちゃ、萎えるだろ」
「そうか、確か……に……っ」
「悠木!?どうか……っぁ」
それからは、よく覚えていない。
「悠木……気持ち、いい……?」
桜介を気遣う言葉とは裏腹に、問いかける桐人の顔には余裕が一切なかった。自身が開発した媚薬の効果を実感しながら、今はただ本能に突き動かされるままに腰を振る。
「あっ……綾瀬っ……いいっ……すごくいい……!」
桐人は自分の下で善がる桜介を見下ろし、微笑んだ。
高校の同窓会で、初恋の人と再会した。場の雰囲気も手伝って思い出話に花が咲き、宴もたけなわ……なんて決まり文句が聞こえる頃にはまだ話し足りないから、と連絡先を交換した。よくある話だ。その後ふたりは元の日常に忙殺され約束は果たされることなく、単なる社交辞令として記憶の片隅に葬られる。
だが、桐人の場合は少し違った。
「想像よりずっとイイよ……悠木……」
「あっ……あああっ……」
これまで何度も夢に見た光景が、今現実となって桐人の目の前にある。そう理解しただけで、桐人は達していた。
「んっ……んん……!」
身体の最奥に注がれる温かな熱を感じながら、桜介もまた自身を震わせていた。ほとんど粘性のなくなった精液が、腹に飛び散る。桐人はその滑りをすくい上げ、指先でもてあそんだ。
「はぁっ……はぁっ……」
「悠木?もう満足した……?」
「まだ……また全然、足りない……っ」
「だよな?……俺、も」
「ふああ……!」
すでに硬度を取り戻していた自身をずぶりと埋めると、桜介がその細い首を仰け反らせる。桐人は、血を求めるヴァンパイアのように無防備なそこにしゃぶりついた。
「桜介……おうすけ……」
「あっ……綾、瀬……綾瀬……っ」
「あとで、ちゃんと話すよ……」
「あ、あ、あ……!」
「全部、話す……だから」
今はただ、俺に溺れて。
fin
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