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第4話「2LDK」
なにげなく、壁の時計を見たときだった。
「んっ……」
骨ばった手に反対側を向かされ、唇を奪われた。
乾いたそれはすぐに離れていったが、残された微かな振動が胸を締め付けてくる。
瞬きをして霞んでいた視界がクリアになると、今にも泣き出しそうな顔で桐人 がこちらを見ていた。
「綾瀬 ……?」
「帰らないで」
桐人の声音があまりに切なくて、桜介 は言葉に詰まった。
「明日仕事早い?」
「ああ、まあ……でもまだ大丈夫。仕込みはもう終わってるし」
それにいい年した大人の男だ。
しがない社宅暮らしとは言え、門限などあるはずもなかった。
「そうじゃなくて」
「えっ?」
「見送るのが、淋しいってこと」
再び近づいてきた唇を、桜介はうっすらと瞼を降ろして受け入れた。
視界の端っこを、固まったままのテレビ画面が掠める。
ふたりが操っていたキャラクターが、ちょうど同時に拳を振り上げているところで止まっていた。
あ、これ俺の勝ちだな。
そんな場違いなことを、桜介はぼんやりと考える。
口付けを終えても、失った距離は取り戻されないまま桐人に抱きすくめられた。
「悠木 、一緒に暮らしたい」
「え……え!?」
「そしたら見送ったり見送られたり、しなくていいだろ?」
「で、でも俺たちまだ会うの三回目……」
「こういうのってタイミングと勢いだぜ。回数とか関係ある?」
「な……い?」
いや、ある?
なんだかよくわからなくなり、桜介は眉間に皺を寄せた。
桐人の長い指が、浅い溝を解すように優しく撫でる。
「2LDKのマンション買って、引っ越さない?」
「2LDK?」
「もちろん新築じゃなくたって中古でもいいし、なんなら賃貸でもいいけど」
「2LDK……」
「悠木?」
「それって寝室は別ってこと?」
「えっ?」
「……あ」
しまった!
これじゃあまるで、一緒のベッドで寝たいと言っていしるようなものじゃないか?
そうじゃなくて、もし寝室が別なら仕事用とか書斎用とかそういう意味でもうひと部屋あってもいいんじゃないかと思っただけで!
桜介がぐるぐる思考を巡らせている間に、都合の良いように解釈した桐人が頬の筋肉をたるませた。
「桜介、俺と一緒に寝たいの?」
耳に注ぎ込まれた響きがたまらなく心地良い。
誰かに名前を呼ばれてこんなにも暖かい気持ちになるのは、初めてだった。
まるで包み込むように穏やかな桐人の視線に優しく促され、桜介はこくりと頷いた。
桐人の腕に僅かに力がこもる。
「次の休み、見に行こうぜ」
「なにを?」
「モデルルーム」
「本気……?」
「当たり前だろ。あと、今日は泊まりな?」
桜介の返事を待たずにテレビの電源を落とし、桐人はまた桜介の唇を奪った。
fin
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