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『も』

 ぬるりとした内臓を手に掴み、口へと運んで牙を立てる。  慟哭を漏らしながら、化け物はリトだったものを食べた。  食べない、という選択肢はなかった。  魂と肉体が引きあっている。  ここにおまえの核があるぞと教えてくる。  ぐちゅり、と噛んだやわらかな感触の中に、硬い石が混ざった。  それを、リトの血と一緒に嚥下した。  永らく離れていた化け物の一部が。  いま、ようやくひとつに融合しようとしている。  手と口を血で真っ赤に染めながら肉片を食らう化け物を、教団の人間たちが怯えた目で見ている。  その、化け物の視界に。  べつの映像が重なった。  これは……リトの記憶だ。  化け物の魂と溶け合った、リトの記憶だ。    神さま、と。  初めて聞くリトの声が、化け物の内側に響いた。  神さま。  神さま。  神さま。  教団の男たちに引き立てられ、祭主の前に縄打たれた体を転がされたリトは、口の中に隠していた紅玉のような赤い『核』を、舌の上にころりと置いた。  リトのいのちにもう先がないことは、両脇に居る男たちが剣を抜いていることから察せられた。 「まったく、生贄が逃げ出すとは何十年ぶりの醜態であるか。先々代の祭主の記録によると、生贄は『調理』して神のみもとに返すこととなっている。覚悟は良いな」  祭主服の裾を翻してコツコツと歩み寄って来た男が、リトを睥睨して宣った。  首筋に、剣先が当てられる。  リトは祈るように、目を閉じて。  こくり、とそれを嚥下した。  リトがカイリのようになるならば。  この『核』を飲み込んだ内臓は、化け物の元へと届けられることだろう。   「しかしなぜ祭壇なんかを漁っていたのでしょう?」 「このガキ、宝石を握ってましたよ。盗もうとしたんでしょうね」 「ふむ……祭壇にはかつて、神の魂を閉じ込めた、という言い伝えがあるが……祭主の私ですらそれがなにかはわからない。大方、遥か昔の神話の類だろう」    リトの頭上で男たちが言葉を交わしている。  リトは地面に這わされた姿勢のままで、唇を噛みしめた。  こんな人間たちに……自分たちで創り出した化け物の存在すら、もはや忘却しようとしている人間たちに、あのやさしい神さまは囚われ、さびしさの中で生き続けていたのだと思うと……胸がつぶれてしまいそうだった。 「生贄の子よ、なにか言い遺すことはあるか」  祭主の声が降って来た。  リトは顔を持ち上げ、唇を動かした。  神さま。  神さま。  神さま。  パクパクと動くリトの口を見て、男たちが笑った。  この子どもは喋れませんよ、と誰かが言う。 「ならば仕方ない。慣例に従おう」  祭主が呟き、右手を上げた。  彼の背後から差し込むひかりの帯が、リトの顔にも当たった。  キラキラ、キラキラ。  うつくしく光る、眩しい灯り。  ああ……!  それがあまりにもきれいで、リトは瞳を細めた。  神さま。  世界は、ひかりに溢れてうつくしい。  神さま。  太陽の、ぬくもりを、ひかりを、まばゆさを。  洞窟の外は、たくさんのうつくしさで溢れていることを。  明るい場所で、神さまのウロコがどれほどきれいに輝くかを。  神さまにも、知ってほしいのです。  神さま。  神さま。  神さま。  ひとは食べないと言った、やさしくてさびしい神さまに。  僕からの捧げものを。  神さまへの捧げものを。  いま、送ります。  ひかりの中で、白刃がひらめいて。  リトに向かって振り下ろされた。  リトは笑っていた。  ひかりに包まれて、微笑みながら化け物へと、最後の捧げものを残してくれたのだった。  化け物は吠えた。  リトの内臓を食らって、吠えた。  肉体に、急激に血が通ってゆくのがわかった。  ウロコの肌が熱を持つ。  いまならば。  あの小さな子どもを抱擁しても、ウロコは爛れたりしないだろう。  けれどそれだけだ。  こんなもののために、リトはいのちを懸けたのか。  こんなもののために。  化け物の放つ咆哮に、大気が鳴動した。否。大気だけではない。地面が揺れた。  教団の者たちが突然の地震に狼狽え、壁に縋ってへたり込んだ。  祭主ですら立っていられずにへなへなと(くずお)れる。  化け物は平伏する人間たちへ怒りの眼差しを注ぎ、怒鳴った。 「人間どもがっ。生きて帰れると思うなよっ」  その声は落雷のように洞窟の隅々まで響き渡り、同時にひときわ強い地震が襲い掛かってきた……。

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