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第49話

 午後、俺は夕飯の買い物してから子供達を家に連れて帰り、お昼寝のタオルケットの上で二人を寝かしつけた。  沢山はしゃいだせいかいつもより寝つきもよくて、安心しきってムクムクした前脚を投げ出し、並んでうつ伏せに寝ている。  眠ってる顔が笑ってるみたいで、すごく可愛いんだ。  まだ一緒に暮らし始めて3ヶ月なのに、もうずーっと一緒にいるような気がする……。  二人の柔らかな毛並みをそっと撫でて、俺はリュックから財布を取り出した。  もう角がボロッとなってる、ホテルの備え付けだったメモ紙を取り出して開く。  本当に電話、してもいいんだろうか。  嫌がられたり怒られたりしないだろうか。  俺が原因なら、なおのこと具合が悪くなったりはしないだろうか……。  色んな事が心配でたまらなかったけど、最後はもう何も考えずに電話番号を押した。  そしてやっぱりというか……その番号は、コール一回で留守番電話になってしまった。  ずっと犬だっていうし、充電とかしてねぇのかも。  俺、遅すぎたのかな。  ーーいや、そんなことは考えるべきじゃない。  電話できねぇなら、こっちから行けばいいし。  俺は留守電に伝言だけ残した。 「犬塚さん、俺だよ。湊です。もし良かったら、会いたい。折り返し下さい。電話番号は……」  ーー今度こそ逃げねぇから、俺。      ……なんて決意したのに、翌日俺が出掛けたのはいつもの臨海公園だった。  本当は今すぐにでも犬塚さんの家に尋ねていきたかったんだ。でも、この二人を連れて行くには余りにも気が引けて。 「あなたの子です」って言ってるようなもんだし、結婚迫りに来たと勘違いされかねない。  犬塚さんにはそんな気無ぇだろうし、地雷を踏んじまう可能性もあるからな。  お袋に預けることも考えたけど、あの抜けた人に一人で二人をちゃんと見られるか、心配で踏ん切りがつかねぇ。  一人は獣人OKの託児所の一時保育を利用しようって結論に至ったけど、どっちにしろ急には無理だった。  子供産むと、こんなに行動が制限されるなんてな。  後悔は全然ねぇけど、この環境は中々ヘビーだ。  お袋も未婚の母だけど、……自分の自由犠牲にして、俺を育ててくれたんだろうな。  臨海公園の駐輪場に自転車置いて、いつものように二人にリードを付ける。  そして、いつか犬塚さんと歩いた道を三人で歩いた。  まっすぐ海沿いの道に出て、左へ曲がり、広大な芝生の広場に出て。  リュックを下ろすと、子供達が足元に群がる。  フリスビーを出して渡してやったら、二人は嬉しそうに円盤の端っこを引っ張りあってカミカミし始めた。  まだ子供たちはディスクを噛むばっかりで、うまくキャッチしたりは出来ない。  でもーーいつかこの子達も犬塚さんのように上手になるのかな。  その頃には立派な青年の姿に変身して、自分の運命の人を見つけに行ってしまうんだろうか。  そんな日が来たら、少し寂しいよな……。  リードをゆるく握ったまま、ぼんやりと海風に吹かれていたら、急に岬《みさき》と航《わたる》が大きな声で吠え出した。  そんなに叫ぶように吠えたこと無いってくらい激しく、でもどこかはしゃぐみたいに楽しそうに。  たまたま近所のオバサンでも見つけたのかと思って顔を上げたら、違った。  芝生の向こうに、小さな垂れ耳が覗くキラキラしたウルフカットの金髪の、シュッとした美青年が立っていて。  それが、少し痩せてしまった犬塚さんだという事に気付くのに、少し時間がかかった……。  ダークブラウンの目立たない柄の入ったスリムなパンツに、フード付きのチャコールグレーのカーディガンを着た長身の彼を下から上まで何度も眺める。  だって、こんな所で会えるなんて思わねぇじゃん。  留守電のメッセージも、単に折り返しを頼んだだけで、ここで待ってるなんて一言も言ってないのに。  昨日からずっと彼のこと考えてたから、夢か幻かな、とも思った。 「湊さん」  甘くて低い声で優しく呼ばれた瞬間に、どうしようもなく涙腺が緩みそうになる。  あれ、やっぱ本物?  感情を抑えようとしたら何にも喋れなくなった俺の側まで、その人が歩いてくる。  少しやつれた顔で微笑みながら、彼が言った。 「久しぶりだね。昨日は電話くれてありがとう。少し話してもいい?」  俺は黙って何度もうなずいた。  レジャーシートを敷き、芝生と海に向かって二人で座る。  子供達は長いリードにつなぎ直して自由に遊ばせようとしたけど、何故だか両方とも犬塚さんのそばから離れようとしなかった。  彼の手が優しく二人の頭を交互に撫でて、岬と航もペロペロその手を舐めている。 「この場所は、昨日夏美に聞いたんだよ」  そんな風に言われてドキッとした。  俺、黙っててくれって言ったような……。  恐ろしいような気持ちがしながら、俺は膝を抱えて口を開いた。 「……その……。ごめん。どこまで聞いた……?」  ううっ、答えを聞くのが恐ろしい。  手に冷たい汗を掻いていると、犬塚さんが表情を辛そうに歪めた。 「最初から全部……。あなたがどうして最初、俺から急に離れてったのかもやっと分かった。ーー昨日、犬だったものだから抑えが効かなくて、危うく夏美のこと咬み殺す所だったけど」  ひえっと喉から声が出た。  犬塚さん意外とキレやすかったんだなってことも驚いたけど、夏美さんが自分のしたことをーー犬塚さんに嫌われるだろうことも覚悟して、ちゃんと話した事に驚いた。 「……俺、あなたに本当に酷いことした。どうして言ってくれなかったんですか。……何で……。妊娠できるってことも……」  ドキッとする。  嫌われるかもしれねぇけど、それが最初の間違いだったんだ。ちゃんと話さねぇとな。 「……俺さ、ほんとに女の子が好きだったんだ、犬塚さんに会うまでは……」  指をもじっと絡ませながら視線を逸らす。 「犬塚さんの事も実は最初、女の子だと思って見合い申し込んだんだ。子供も、単に自分で産むのは嫌だって意味で出産は無理って書いてた……申し訳なくて、なかなか打ち明けられなくて。本当に、ごめん」  ーーこの事を最初から話してればな。  間抜けすぎて、いたたまれない。 「……一回サヨナラしたのは、夏美さんのこともあったけど、男とかそんなの関係なく本当に、犬塚さんの事が好きなんだってはっきり気付いたの、その後だったからなんだ……一目でも会いに行きたくなっちまって、行ったら行ったで会った途端にあんなことになって、本当に悪かったって思ってる」  あ、やばい俺、こんな懺悔話の流れみたいな感じで告白してしまった。 「そんで、俺、発情乱れてただろ? あれ、別れてから更に重症化してて……犬塚さんに似てる人に会ったりとかしただけでも、発情するようになっちまって。ワザとだと思われてたけど、なんかもうそれはそれで仕方ねぇと思ったんだ。それくらいのことはしちまったし……」  視界の端で犬塚さんが首を振る気配がした。 「その、最後に番号貰ったけど連絡しなかったのは、犬塚さん、夏美さんと結婚するんだとばかり思ってたから、俺は会っちゃいけないと思って……」 「湊さん……」  ため息が混じったみたいな声で呼ばれて焦った。 「で、でも今、幸せなんだ。犬塚さん、俺に赤ちゃんくれたから。俺、一人でちゃんと育てるし迷惑かけないから……だから、嘘ついてたのは許してくれねぇかな……」

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