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第2話

 陽気な音楽が夜の街のあちこちから聞こえてくる。  人々は銘々におしゃれを楽しみ、老若男女気にすることなく踊り続けていた。今日ばかりにはケチで有名な飲食店の店主たちも店先にたっぷりとご自慢の一品をたっぷりと並べて人々に振舞っている。乾杯の音がやむことなく続く。 「うわ、なにこれ。楽しそう!」  何か夢でも見ていたのかと思うくらい、痛みも何もかも消え去った今、蓮は音楽が鳴りやまない大きな広場の泉の中に立っていた。通りかかった人々も蓮を見ると笑いかけてきて、しまいには一緒に泉の中にダイブしてびしょ濡れになり万歳をしたりしている。蓮にハイタッチを求めて高い位置でお互いの手を打ち鳴らすと、満足げにまた別な場所へと去っていく。  お祭りをやっているらしい、というのはすぐに分かった。  だが、蓮が見たことあるような祭りとは異なっていて、広い広場にはひたすら同じ旗が高い木と木の間に間に吊り下げられていて行きかう人々の髪や容姿はどう見ても日本人のそれとはかけ離れていた。挙句の果てには時折猫耳みたいなものや犬耳のようなものがついている者もいる。 「海外のハロウィン的な?」  そうぼやきながら取り合えず泉から出ようとしたが自分が何も着ていないことを知り困り果てた。楽し気に行きかう通行人は絶えず、勇気を振り絞って話しかけたが人々は笑っているものの蓮の言葉は通じていないらしい。 「あの、すみません。何か服を……ダメなら布でも良いので……!」  ジェスチャーで伝えようとしてもイエーイ! みたいなテンションで手を振りながら去っていくばかりで蓮の危機に気づいてもらえない。  この手は使いたくなかったが、大事な部分のみ、なんとか己の手のひらで庇うとそのまま泉から這い出る。満面の笑顔だった人々の顔は引きつった笑顔に変わり、憤怒の顔で近づいてきた中年の女性が身体を拭くようらしい柔らかな布と女性ものっぽい服を蓮に力づくで押し付けてくる。どうやらお前の貧相な身体を見せんじゃねえ、とっとと服を着ろということらしい。 「ありがとう、サンキューサンキュー」  ふん、と中年の女性は鼻息荒く視線を逸らす。その間に慌てて布で水滴を取り与えられた服を着た。着るやいなや、グイっと思った以上に強い力で引っ張られて、普段は能天気な蓮もさすがに焦った。    この状態、普通に考えてまずいのではないだろうか。  自分は公衆猥褻なことをしてしまった上に、現在女性ものを着てノーパンで歩いている、あらゆる点でリスクが高い状態である。いや、いっそ警察に突き付けられればお願いすれば日本大使館に取り次いでもらえる可能性もあるのではないか。 (よし)  なんとか持ち前のポジティブシンキングで気持ちを取り直した蓮だったが、彼が連れていかれたのは想定外の場所――ダンスステージだった。  怒れる中年の女性は何かを持ってくるように伝えたようで、男たちが慌てて大きな箱を持ってくる。そこから取り出されたものを見て、さすがの蓮も後退る。それは化粧を施すためのあらゆるアイテムたちだった。 「俺、あの、そういう趣味は持ってなくて……全裸で泉にいたのはですね、不慮の事故って言いますか」  そう、不慮の事故だ。だが怒れる女性は「黙れ!」と言いたげに蓮を一喝すると凄まじい勢いで蓮に化粧を施し、仕上げとばかりに蓮の短い黒髪に綺麗に織られた美しい色合いの青をベースとした細い布を巻き付けた。確かにこれも女性たちはみな身に着けていて、それらを見る分には可愛いのだが……。  最後に蓮が着ている服の胸元に一輪の花を差し込む。きっとふくよかな胸の持ち主ならなかなかセクシーな絵になるのだろうが、残念ながらそんなものは持ち得ていない蓮の胸元では、かろうじて葉っぱがクリップ代わりのようになって花が助けを求めているかのようになってしまった。恐る恐る女性を見やると、今まで怒っていた女性がニヤリとした笑みになる。他の女性が上に着る物らしい綺麗な上着を着せてきたあたりで、もしかして女性になってしまったのか? と思い恐る恐る先ほど手のひらで隠したところに蓮は触れたが、その瞬間に蓮をここに連れてきた女性の顔が般若へと変わり、思いっきり拳骨を喰らってしまった。  この世界は、思ったよりもバイオレンスである。

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